大学生の学習
正解のある問題と無い問題
高校までの学習では、正解のある問題を扱うのが普通でした。しかし、大学ではそうした問題も扱いますが、正解のない問題、答がいくつもある問題、または答がないかもしれない問題をあつかうのが普通になります。
こうした問題を扱う方法論として高根正昭教授の『創造の方法学』があります。また、具体的な作業の方法論について論じたものとして、京大(執筆当時)の梅棹忠夫教授による『知的生産の技術』が有名です。
問題の発見と考える力
SFCでは西欧の大学のように、たくさんのレポートを書くことになります。そこで要求されるのは、正しい答を書くことではありません。東大の苅屋剛彦教授は『知的複眼思考法』のなかで、米国の大学院で大量の文献を読んでレポートを書いた経験について、「それは、考える力------あるいは、考え方のさまざまなパターンを身につけたということです。的確に、批判的に、情報を読みとる能力。問題を探し出す能力、素朴な疑問からスタートして、それを明確な問として表現する方法、問いの立てかたと展開のしかた。論理的に自分の考えを展開する力、そして、なによりも問いの立て方をずらしていくことで隠された問題を探っていく方法 (中略) を身につけたのです。」と言っています。このような"考える力"を養うのが、大学教育の目的です。
苅屋教授は「批判的に情報を読みとる能力」と言っていますが、この"批判的"という用語に注意を払う必題があります。英語では critical と言います。このクリティカルという言葉には、SFC非常勤講師の斎藤俊則氏によると3通りの意味があります。
- (何かに対して)批判的、否定的、消極的な態度を示すこと
- (特に作品などに対して)特定の規準から評価、判断をくだす態度で臨むこと
- (状況などが)危機的な状態にあること
日本では第1の意味で用いられることが多く、揚げ足とりのように悪い意味で使われがちですが、情報に対してクリティカルな態度で接することは非常に重要です。このような態度を養うことをメディア・リテラシー教育と呼びます。
グループワーク
SFCではグループワーク(グルワと略される)がよく行なわれます。そのためのハンドブックも作られました。その中で、総合政策学部2年(1994年当時)の神保謙君は、「グループワークとは複数の人間が共通の作品・課題を作り上げる行為です。そこで考えなかればならないことは、多くの人が集まれば多種多様な立場や主席がぶつかりあい、場合によってはそうそう簡単に結論をできなくなるということです。だからこそ、グループワークでは通常、『みんなの共通の合意点』がいかに導き出されるかという過程が大変重要な意味を持ってくるのです。」と述べています。グループワークは"考える力"を養うのに大変によい方法です。
議論の方法
グループワークの方法
ここでは、『グループワークハンドブック』に神保君の書いた方法を紹介しましょう。
議論を進めるには、事前の準備が必要です。議論をまとめる場としてホワイトボードが有効です。また、議論の内容を記録するために、メモをとる必要があります。現在は、パソコンでメモをとることが多くなりました。プロジェクタを使って、書記の作った記録を全員が共有することで、会議が終った時には議事録が出来上ることが一般的になりつつあります。
このためには、タッチタイピングは必須技術です。早く修得しましょう。正しい方法で練習すれば、英文タイプは1時間の練習で習得できます。"キーボード体操" ( https://crew-lab.sfc.keio.ac.jp/projects/typingexercise/index.html )を見て、早く修得して下さい。
議論を進めるには、まずブレーンストーミングをします。とりあえずテーマについて参加者が知っていること、考えていることをはきだしてみる作業です。ここで注意することは以下の点です。
- できるだけ発言内容を記録すること
- 出てくる意見を否定したり、受けつけない態度をとらないこと
グループで結論を出していくためには、グルーブでの共通知識を作り出していかなかればなりません。そこで、ブレーンストーミングで出た情報の背景を調べたり、データで実証したりしていく必要があります。ここで注意すべき点として以下の点があげられます。
- 事実と意見を明確に区別すること
- 事実関係の出所を明らかにすること
- 意見の背景にある根拠・データを明確にすること
- まとめるときには、重要度を分別すること
ある程度議論が進んだら、中間レポートを作り、対立事項、関連事項、使用データ・参考文献などを一覧できるようにします。
発想の方法
図解の効用(KJ法)
議論を進める時に、図解を作ることが有効です。そうした方法論として、KJ法が有名です。KJ法は東工大(発行当時)の川喜田二郎教授によって開発された発想法です。中公新書の『発想法』と『続・発想法』は東大(発行当時)の野口悠紀雄教授の『超整理法』が出版されるまで、中公新書のベストセラーでした。KJ法については、上記の本を読むことお勧めしますが、簡単な説明と利用例が https://crew-lab.sfc.keio.ac.jp/lecture/kj/kj.html にあります。
図解が有効なのは、カードに概念が集約され、それらの間の関係が幾何学的な位置関係で表現されるからです。隣同志のカードは何か関係が近いので、隣に置かれたのです。隣同志でも、上下に並べるか、左右にならべるかで、違った印象を受けます。このように直感的な表現を理屈ではなく、感じるままに配置することによって、KJ法では物事の間の関係を整理していきます。1枚のカードの回りには、8枚程度のカードしか置けません。これは、8枚のカードまでしか関係をつけられないことを意味します。しかし、1枚のカードはもっと多くのカードと一般には関係を持ちます。隣に配置するということは、その中で重要な関係だけを選び出すことを意味します。これを配置する全てのカードについて行なうことは、大変に手間のかかる作業となりますが、結果として分り易い図解が得られます。
配置した遠くのカード同志に関係があることを、それらのカードの間に関係線を引くことで表現できます。KJ法では関係線を引くことが許されますが、このように遠くのカードの間に関係線を引くべきではありません。遠くのカードの間に関係線を引くと、全体の関係を一目で理解することが難しくなるからです。
報告書作成
報告書の作り方
木下是雄教授は、日本の物理学者の書く英文論文の英文を指導しているうちに、問題は英文にあるのではなく、文章の書き方自体に問題があることに気づき、1970年に『理科系の作文技術』を出版しました。この本は広く一般に受け入れられ、1981年10月26-27日の朝日新聞(夕刊)の文芸時評欄に井上ひさし氏が「日本語の本質にせまる - 見事な"段落"の定義づけ」と題して、この本について文学の立場から論じている程です。その後、この本が理科系の読者を対象として題材が選ばれていることから、一般人向けの本として『レポートの組み立て方が1990年に出版されました。この本には、まず大学生が読まなければならない内容が書かれています。
木下教授の本でまず取り上げられているのは、「事実と意見の区別」です。事実とは、木下教授によれば、「事実とは証拠をあげて裏づけすることができるものである。意見というのは、何事かについてある人が下す判断である。ほかの人はその判断に同意するかもしれないし、同意しないかもしれない。」と定義されています。
事実の記述として、レポートで重要な位置をしめるのが引用です。原文をそのまま引用する場合は、かなづかい、漢字の使い方その他も原文通りするのが原則で、カギカッコ「 」でかこみ、どこからの引用であるかと明示します。原文を要約して引用する場合もありますが、そのことを明記する必要があります。出典の明示は、普通この教材の最後に掲げるように参考文献としてまとめて記述します。文章に限らず、全て他人の知的生産物を利用する時は、文章の引用に準じた扱いをする必要があります。このような引用のルールを守らないと、盗作と見なされますので注意して下さい。
木下教授はレポートの書き方として具体的に、まず「ペンを執る前に」として主題を決め、目標規定文(主題文)を書き、材料を集めてからレポートの構成を考えるように指導しています。構成を考えながら文書を作成することを支援するツールとしてアウトライン・プロセッサーがあります。ワープロソフトのWORDには、この機能が用意されているので、使い方を研究するとよいでしょう。この解説も、WORDのアウトライン・プロセッサ機能を作って書いています。
レポートの構成としては、A型: 序論・本論・結論とB型: 概要・序論・本論・論議 という二つの型があります。いずれの構成をとるかは、材料を集めてから全体の構成表を作成して決定します。よく言われる起承転結は、漢詩のための構成法であって、レポートの作成には適切ではありません。
レポートの文章については、読み手の立場になってみること、叙述の順序を考え、事実の記述と意見の記述が書き分けられていること、文を明解・明確・簡潔に書くことが必要であると主張しています。
木下教授の本の最重要部分はパラグラフに関する議論で、井上ひさし氏もこの点を文芸時評で取り上げたのです。木下教授はパラグラフを、「文章の一区切りで、内容的に連結されたいくつかの文から成り、全体として、ある一つの話題についてある一つのこと(考え)を言う(記述する、主張する)もの」として定義しています。
パラグラフには、中心文(トピックセンテンス)が無ければなりません。これは通常パラグラフの先頭に来ます。このように文章が構成されていると、パラグラフの最初の文だけを読むだけで、文書全体のあらましが分ることになります。
しかし日本語では、中心文を先頭に持ってくるのが難しいという問題があります。語順がSVO型の英語ではこれは容易に行なえますが、(S)OV型の日本語(日本語には主語がなくてもよい)の語順では、中心文をパラグラフの最後に書く方が自然に書けます。いずれにせよ、特別な場合を除いて、パラグラフには中心文が必要です。そして、一つのパラグラフに二つ以上の話題を書いてはいけません。
さらによい報告書を書くには(奥出直人)
独創的な報告書を書こうとする場合は、SFCの奥出直人教授の本など、さらに進んだ議論をした本を読むとよい。奥出教授は、よい報告書の条件として以下の四つをあげています。基本は変わらないことが分ります。
- 分りやすい文章で書かれている
- テキストが一つの全体として統一性を持ち、議論が形式論理上破綻をきたさない
- 視点の新しさと結論の独創性がある
- 現存の研究や資料への実証的な目配りがなされている
参考文献
- 川喜田二郎『発想法』(中公新書)1967年, 『続・発想法』(中公新書)1970年, 中央公論社
- 梅棹忠夫『知的生産の技術』(岩波新書) , 1969年, 岩波書店
- 高根正昭『創造の方法学』(講談社現代新書) , 1979年, 講談社
- 木下是雄『理科系の作文技術』(中公新書), 1981年, 中央公論社
- 木下是雄『レポートの組み立て方』(ちくまライブラリー/筑摩文庫), 1990年, 筑摩書房
- 奥出直人『物書きがコンピュータに出会うとき』, 1990年, 河出書房新社
- 井下 理(監修)『グループワークハンドブック』, 1994年, 湘南藤沢学会
- 苅谷剛彦『知的複眼思考法』, 1996年, 講談社
- 斎藤俊則『メディア・リテラシー』, 2002年, 共立出版