カード操作による発想法


 日本で多くの人々が新しい知識を作り出す時に用いているものとしてKJ法[1]がある。

  名前のKJは、提唱者の文化人類学者、川喜田二郎のイニシアルから来ており、元来は
学問的な方法論であったが、1960年代から70年代の高度成長期に、ビジネスマンの間で
広く用いられた経緯がある。
 KJ法は4つの作業段階から成る。
 


図 3 KJ法の4段階
 

 第1段階では、考えなければならないテーマについて思いついた事をカードに書き出す。この時、
1つの事だけを1枚のカードに書かなければならない。
 第2段階では、集まったカードを分類する。この時、分類作業にあたっては先入感を持たず、
同じグループに入れたくなったカードごとにグループを形成するのがよい。グループが形成された
ら、そのグループ全体を表わす1文を書いたラベルカードを作る。以後は、グループをこのラベル
カードで代表させる。グループのグループを作り出してもよい。

 第3段階では、グループ化されたカードを1枚の大きな紙の上に配置して図解を作成する。この
時、近いと感じられたカード同志を近くに置く。そして、カードやグループの間の関係を特に
示したい時には、それらの間に関係線を引く。関係線は隣同志の間でしか引いてはならない。

 第4段階は、出来上ったカード配置の中から出発点のカードを1枚選び、隣のカードづたいに
全てのカードに書かれた内容を、一筆書きのように書きつらねて行く。この作業で、カードに
書かれた内容全体が文章で表現される。

 これらの段階の中で、第3段階が最も重要である。カードに書かれた内容は、隣に置かれた
カードだけでなく、その他のカードとも関係を持つ場合が一般的である。こうした場合、隣に
置けるカードの数は限られるので、重要な関係だけを選び出す作業が必要となる。遠くのカード
の間に関係線を引くことによって関係を表わすことはできるが、隣接関係の表現程直接的でない
ので、図の明解性を損ねる。重要な関係を選ぶ作業を行なうことによって、問題の本質が認識
されることが重要である。

 文章表現の場合、文の前後に2つの文しか置くことができないが、カード配置の場合、2次元空間
での配置となるので、隣におけるカードの数が増える。それでも、せいぜい8枚しか置けない。
関係を持つカードはもっと増える可能性があるが、文章表現の場合は、隣に置ける文の数が前後
2つに限られるので、遠くの文との関係を言葉でつけざるを得ない。しかし、配置のように8つ
まで増やせれば、実用上十分な関係の表現力が得られたと言ってよい。

 第3段階の配置が得られた後、第4段階では配置上の全カードを一筆書きのように連ねることに
よって、全体を1次元で表現し直す。この作業がうまく行かない場合は、配置に問題があるので、
うまく表現できるように、配置を変更する。

 以上の作業で重要なのは、直感である。配置もグループ化も、あらかじめ仮定した理論に従って
行なうのではなく、元になる情報であるカードから直接感じられることに基づいて作業しなけれ
ばならない。カード同志の関係は、全体からみると局所的な関係であるが、配置によって、
局所的な関係が全体の中で位置づけられることになる。即ち、配置作業によって、初めて全体像
が明らかになるのである。部分の関係を積み上げて、全体の関係を構成するのが、図解化の
本質的な意味である。

 KJ法は、個人でも行なえるが、協同作業としても行なうことができる。その場合、カード配置
などで行なわれた直感的な作業の結果について、議論がまき起こる。例えば、カードを左右どちら
に配置するかといったことにすら、逆の配置がよいといった議論が始まることがある。幾何学的な
配置は、意味が明確に定義されたものではなく、多様な解釈が可能であるが、一方で、間違った
(と思われる)配置について、人間は極めて敏感である。意味が明確に定義されない幾何学的な
配置が、実は大変に強力な表現力を持っているのである。

 多くの場合、配置をめぐる議論の原因は、そのカードに書かれた語の意味の解釈がずれている
ことから生じる。こうした解釈のずれは、文章を聞いただけでは双方納得していても、配置に
なったとたんに意識されるものである。この結果始まる議論を通じて、語の解釈のずれが明らか
になり、相互の理解が深まる。合意形成が重要な日本のビジネスマンがKJ法を愛用したのは、
こうした理由からではないかと思われる。

 KJ法のようなカード操作を計算機上で行なうことを、10年以上前に我々は試みた[2]。現在では、
カード上には文字だけなく、音や映像などのマルチメディア情報も書くことができる[3]。
この場合、問題になるのは、画面の小ささである。カード配置全体を表示すると、個々のカード
の内容が読めない。また、個々のカードの内容が読めるようにすると、一部のカードしか表示
できないことになる。カード配置の操作を行なおうとすると、結局この二つの画面(ユニバーサル
画面とローカル画面)を表示する必要がある。

 そこで次に問題となるのが、個々のカードの内容が読めるローカル画面のスクロールである。
カードをドラッグして動かす時に、その動きに応じてスクロールが行なわれないと、作業効率が
著しく損なわれる。こうした発想から、マウスが画面の端から外に出ようとするとスクロールが
起こる「パニング」方式を実装することで、この問題を解決した。

 当時用いたパソコンPC98が文字画面と画像画面の2つを持つことを利用したため、このような
スクロールをスムースに行なえることができたが、文字画面を持たない最近のパソコンの場合は、
クロックが100MHzを越えるようになって初めて、この方式が使えるようになった。現在では、
ゲームなど多くの応用で、パニング方式が使われている。

 WinDows 95用のKJエディタはCIJ社より「発創力」として商品化され、試用版が
 http://www.vector.co.jp/
でダウンロード可能である。


図 4 パニング方式の実現

 KJエディタは、ソフトウェアの仕様分析に使われ、その実用性が確認された[4]。
図 5 はその最初の例である。

 図 5A は、分析者が最初に作った配置である。分析者はこの配置に限界を感じて、同じカードを
用いて最初からやり直した。その結果が図 5B である。こうしたやり直しは、エディタでなければ
面倒でなかなか実行できない。

 図 5B で興味深いのは、図のまん中にある空白である。これは、その段階では何かはっきり
しなかったが、何かがここに必要となると感じて、空けておいたのである。実際、最終配置
図 5Cでは、この部分が埋まっている。

 このように、カード操作を行なうと、単にカードの組合せを考えだけでなく、そこに無いもの
を創り出すという効果がある。この点はあまり理解されていないので、KJ法からは創造的な結果
は生まれないといった批判が聞かれる。

 図 5D には、カードの枚数、ブロック数、関係線の数が、時間とともにどのように変化した
かが示されている。これにより、知的活動の状況をマクロに知ることができる。

図 5A ソフトウェアの仕様分析(最初の試み)

図 5B ソフトウェアの仕様分析(やり直した直後)


図 5C ソフトウェアの仕様分析(完成版)


図 5D ソフトウェアの仕様分析のログ

 図 6と図 7は、酒屋の在庫管理の問題を分析したものである。前者は初心者が行ったので、
内容は貧しいが、後者は経験者が行ったので、より深い分析が行なわれている。また、前者では、
中心部のみが仕様書に書かれる分容であり、その周辺はそれを生み出すために使われたものでは
あるが、仕様書に書かれることのない内容である。こうした情報は、このようなツールを使わない
と、記録されることがない。しかし、実はこうした情報の中にこそ、組織が共有すべき重要な
情報が含まれるのである。今後、発想支援のシステムは、ナレッジワーカーに必須のツールと
なって行くであろう。


図 6 酒屋の在庫管理システムの分析(初心者)


図 7 酒屋の在庫管理システムの分析(経験者)
 

参考文献
[1]川喜田二郎: 発想法(1967)、続 発想法(1970)、 中公新書.
[2]小山雅庸、河合和久、大岩 元: カード操作ツールKJエディタの実現と評価、コンピュータ
 ソフトウェア、第9巻、第5号、pp.38-53、(1992) .
[3]大見、竹田、河合、大岩: マルチメディア情報向カード操作ツール、電子情報通信学会論文誌
 D-II、第79巻、No.4 pp.577-584、(1996).
[4]H. Ohiwa, N. Takeda, K.Kawai, A. Shimomi: KJ editor: a card-handling tool for creative
 work support, Knowledge-Based Systems, vol.10(1997) pp.43-50.