教育改革における新しい教材に関する研究

HyperTransaction Systemを用いた電子化教科書作成の試み

慶應義塾大学大学院政策メディア研究科修士2

89932409 吉場慎二


□目次

第一章    はじめに

1                研究の成り立ちと目的

2                研究の意義

第二章    研究背景

1                定義

@     情報教育の定義

A     教材の定義

              2            研究の動向

第三章    研究の方法

              1            研究の方法

第四章    研究内容とその成果

              1            教育改革の調査

              2            これからの教育目標の分析

3                現状調査

@     全体的な状況

A     総合的な学習の時間

B     実験的に行われている「情報」の授業

C     他教科での情報機器の応用

D     教科横断的な利用

E     私企業の作った教材

F     国外で用いられている教材

G     教材・教科書会社の動向

4                現状分析

@     現行の教科書のメリット、デメリット

A     これから求められる教育における教科書像

5                HyperTransaction System実証実験

@     HyperTransaction Systemとは

A     実験内容

B     実験方法

C     実験過程

6                実験結果分析

@     評価

A     今後の課題

7                提案

第五章    おわりに

1                まとめ・今後の課題

□謝辞

□参考文献

□添付資料


第一章 はじめに

1                研究の成り立ちと目的

 19996月、ドイツのケルンで第25回主要国首脳会議(ケルン・サミット)が開催された。そこでは、サミットの歴史上初めて、教育問題が主要テーマの一つとして取り上げられた。そこで明らかになったことは、世界各国が今、それぞれの教育改革を行おうとしているということである。

 そして、それぞれの国に固有の背景もあるが、各国が共通に考える方向をまとめて「ケルン憲章」を発表した。その共通の背景には、次の3つの理由が考えられる。

1.      経済面での国際競争の激化

2.      科学技術の進歩、情報化の進展、国際化

3.      量から質へ

 1.の理由から、世界的規模で行われる経済競争に勝ち残り、国家の繁栄を期するなら、なによりもまず、それを担う人材の育成が重要である、と考えられたのである。また、2.の理由からも同様に、急速に進む科学技術の発展、情報化、国際化に対応できる人材を育成する必要がある、と認識された。そして、3.の理由では、そのように、急変する世界情勢の中で明日の国家を担う人材を育成するためには、これまで「教育機会の平等」を達成することを目標に、「量的拡大」のみを行ってきた教育を反省し、「質的な充実」を図る必要があるとして、各国ともに、教育改革に踏み切ったのである。

 この3つは、日本においても切実な問題となっている。

日本の現状は、長引く不況から抜け出すための経済力が求められているにもかかわらず、それを支える人材を育てるための教育が、荒廃し、乱れていると言われている。学級崩壊、理科離れ、数学力・国語力の低下、中退者の増加、少年犯罪の増加、教師の質の低下、などと枚挙に暇がない。

その原因の一つとして考えられた受験制度の見直しが図られ、偏差値の廃止、入試制度の多様化、ゆとりの教育、と、様々な施策が講じられた。

しかし、依然、状況は改善せず、社会問題ともなっている。

 そこで、21世紀に向けて、教育改革が叫ばれ、そして動き始めた。その一環で教育改革国民会議[1]が結成され、21世紀における教育の目指すべき形を模索し、その結果が平成121222日に最終報告という形で提出された。また、学習指導要領の改訂も行われ、21世紀の「新しい教育」が第一歩を踏み出した。

 教育改革国民会議や学習指導要領の中で目指されている「新しい教育」のポイントは、大きく分けて、以下の4つである。

1.    豊かな人間性・社会性・国際性

2.    自ら学び、自ら考える力の育成

3.    ゆとりのある教育、基礎・基本の定着、個性を生かす教育

4.    創意工夫を生かした特色ある教育・学校作り

 そして、これらの改革の実現を担う重要な要素として、「教育の情報化」が掲げられている。それを推進する形で、199912月、総理大臣直属の省庁連携タスクフォース「バーチャル・エージェンシー」が『「教育の情報化プロジェクト」報告』を発表し、それを受けて、文部省は平成12年度に「ミレニアム・プロジェクト『教育の情報化』」を提案し、採択されている。

 このように、荒廃し、乱れる教育や不況といった社会問題を解決するべく、新しい教育が目指され、その基軸として、情報化が掲げられている。時代の必然性に押されて、今、教育は大きく変わろうとしているのである。

そのような変化の中で、教材・教科書はどのように変わっていくべきなのだろうか。21世紀に目指される新しい教育において、教材・教科書のあるべき姿とは、どのようなものなのか。

本研究の目的は、まず、世界的規模で進む教育改革を受けて、改善しない教育に喘ぐ日本では、これから先、21世紀に向けてどのような教育が目指されているのかを探る。そして、そこから、教材・教科書の改革の重要性を明らかにし、国内外の実践例との比較から、21世紀に目指される新しい教育において求められる教材・教科書像を考察する。

また、その文脈の中で、HyperTransaction Systemという「著作権管理システム」の実証実験を取り上げ、その結果から得られた知見を示し、新しい教育における教材のあり方を提案する。

2                研究の意義

 本研究では、数々の教育改革政策・発表などから導き出される「新しい教育」における教材のあり方として、「現場の教師による教科書作成[2]」を掲げる。

 これまでの他の研究においても、本研究と同様に教材や教科書を取り上げたものは多くあり、また、現場の教師による教材作成システムも、企業が開発したオーサリングソフトなどが、既に存在する。

 しかし、いずれの研究においても、画像などにおける「著作権」が大きな障壁となっている。著作権の問題を解決するために、独自に素材を用意したり、あるいは実際に金銭によって解決するなどの方法が取られ、現場の教師にとって負担にならないような抜本的な解決策は提示されてこなかった。

 そこで、本研究では、本来は「著作権管理システム」として構築されたHyperTransaction Systemを、教科書作成に利用できるかどうかを検証し、著作権問題の解決を図る。

 また、現時点で利用されている様々な教材、システムを比較検討し、HyperTransaction Systemを教材作成システムとして見た場合の問題点、改善点を探る。

 本研究における「著作権問題の解決」という課題は、従来の教科書の持つ、時間的にも、場所的にも固定している[3]という問題点を解決する「現場の教師による教科書作成」を可能にするという点で、非常に意義があると考える。


第二章    研究背景

 これまで、「情報教育」に関する研究は多岐にわたって行われてきた。本研究では、その中でも、「教材」、特に「教科書」について取り上げるわけだが、それ以前に、「情報教育」という概念は広く、そこにはいくつかの意味がある。また、「教材」にも様々なものがあり、分類を必要とする。ここではまずそれらを明確にし、その上で、研究状況を見ていくことにする。

1                定義

@     情報教育の定義

 第一に、「コンピュータなどの使い方を教える」という意味での情報教育がある。マウスやキーボードの使い方から始まり、ワープロソフトや表計算ソフトなどの各種アプリケーションソフトの使い方、周辺機器の使い方、あるいはプログラミングもここに含まれる。そのような情報技術を使えるようにすることが、「情報教育」であるという見方がある。

 第二に、コンピュータを「道具」と捉え、コンピュータを使って情報を収集したり、分析したり、発信したりすることによって、学習者の思考力や判断力などを育成する、という意味での情報教育がある。コンピュータは学習者の思考や表現を助ける「道具」であり「手段」である。もちろん、それを行うためには情報機器の使い方やアプリケーションソフトの使い方を学ぶ必要があるが、それは直接の目的ではない。それらの使い方を身につけた上での活動が、真の目的である。そうして育成された能力は、「情報活用能力」と定義づけられている。

 第三に、コンピュータを「道具」と捉え、プロジェクタを利用して授業を行ったり、シミュレーションソフトを利用して授業内容を解りやすくしたりするなどして、教師の教授能力を拡張する、という意味での情報教育がある。これまで利用されてきた黒板やチョーク、プリントや模型などに代わって、コンピュータなどの情報機器を用いることで、解りづらかったことを解りやすくし、これまでのメディアではできなかったことや困難であったことなどを可能にする。この意味での情報教育は、第二の意味での情報教育と表裏一体であり、主体が生徒か教師のどちらであるかというだけの違いである。

 以上、3点に情報教育を分類し定義づけたが、本研究における情報教育は、第二、第三の意味での情報教育である。以下、断りなく情報教育という言葉を用いた場合、その意味とし、第一の意味において情報教育と言う言葉を用いる場合は、「情報技術教育」とする。

              A 教材の定義

 教材と言うとあまりに意味が広いが、本研究では、「コンピュータを用いた教材」を特に対象とする。具体的には、以下のように分類できる。

1.    教育用システム

2.    教育用に特化したソフトウェア

3.    教育用に特化されているわけではないが、教育に用いることも可能なソフトウェア

4.    コンピュータ以外の教育用ハードウェア

5.    教育用に特化されているわけではないが、教育に用いることも可能な、コンピュータ以外のハードウェア

以上のように分類できるが、35に関しては、取りようによってはあらゆるものがここに分類できてしまうため、実際に教育に用いられているものだけを取り上げるものとする。

この分類に基づいて、それぞれのシステム、ソフトウェア、ハードウェアの具体例をいくつか挙げると、以下のようになる。ただし、ここで挙げる例がすべてではなく、また、二つの分類に重複することもある。

1.    教育用システム
 CMIシステム[4](成績管理や採点、分析などを行うシステム)
 本研究でのHyperTransaction System
 Web-Based Training[5]構築システム

2.    教育用に特化したソフトウェア
 各種CAIソフト[6]・コースウェア・電子化教科書
 エデュテイメントソフト[7]
 教育用オーサリングソフト
 教育用素材ソフト

3.    教育用に特化されているわけではないが、教育用に用いることも可能なソフトウェア
 ワープロソフトや表計算ソフト
 Webページ作成ソフト
 プレゼンテーションソフト
 ペイント・ドローソフト
 Webブラウザ
 ゲーム
 百科事典ソフト

4.    コンピュータ以外の教育用ハードウェア
 コンピュータ制御可能なロボットなど(Lego MindStormなど)

5.    教育用に特化されているわけではないが、教育に用いることも可能な、コンピュータ以外のハードウェア
 コンピュータと接続可能な顕微鏡(IntelPlayQX3コンピュータマイクロスコープ)
 デジタルカメラ・デジタルスチルカメラ
 スキャナ・プリンタ

 ここで取り上げた具体例が、実際にどのように利用されているかなどについては、第四章の3で詳述する。

2                研究の動向

 国内では、これまで、企業によって作られたCAI教材や、教師が自作したソフトなどがあった。ただし、その教育効果に関しては、疑問を感じるものが多かった。企業によって作られたCAI教材は、費用がかかるだけでなく、現場との解離が激しく、使いづらいものが多かったというのが事実で、一方、教師が自作したソフトは、質が必ずしも保証されないという問題があり、いずれも製作にかかった時間に見合っただけの教育効果が得られず、広く利用されるに至らなかった。だが、それはハードウェアの問題もあり、これまでの学校におけるハードウェア環境では、学習効果が期待できるほどのソフトウェアが実現できなかったのもまた、事実である。

 しかし、最近になってハードウェアの整備が急速に進み、マルチメディア環境も整うようになって、その上で動かす教育用コンテンツの不足が叫ばれるようになった。

 そこで、199912月、総理大臣直属の省庁連携タスクフォース「バーチャル・エージェンシー」[8]が発表した『「教育の情報化プロジェクト」報告』を受けて、文部省は、平成12年度に「ミレニアム・プロジェクト『教育の情報化』」を提案し、採択されている。その、「ミレニアム・プロジェクト『教育の情報化』」は6つの事業から構成され、その中で、「学校教育用コンテンツの開発」が事業内容の一つとして掲げられている。その内訳は、以下のようになっている。

1.    ネットワーク提供型コンテンツ開発事業(初等中等教育局)

2.    学習資源デジタル化・ネットワーク化推進事業(生涯学習局)

3.    学校スポーツ・健康教育情報システムの整備(体育局)

4.    文化デジタルライブラリーの構築(文化庁)

 「ミレニアム・プロジェクト『教育の情報化』」は、平成12年度から6年間の施策として提案されている。これら4事業のうち、特に教材とかかわりがあるのは、12であり、学校教育ということを考えたときには、初等中等教育局が担当する1が、それに相当する。この「ネットワーク提供型コンテンツ開発事業」[9]の概要は、以下のようになっている。

 ネットワーク提供型コンテンツ開発事業の狙いは、各地域や学校が参加し、コンテンツの開発意識を高めながら、各教科の学習に活用しやすいネットワーク提供型コンテンツを開発することである。そのため、募集された開発チームは、学識経験者や教員、教育委員会職員、ソフトウェア開発に実績を持つ企業などが中心となっている。つまり、先に挙げたような、現場との解離、コンテンツの質、といった問題を解決するために、企業と教師の両者の協力を促すものとなっている。コンテンツ開発の委嘱は各年度ごとに行われるので、第一回の開発[10]は平成133月末までである。

 また、開発されたコンテンツは、その利用の便を考慮して、「最低3年間は無償でインターネット上で提供できる体制を確保しなければならない」と定められている。

 コンテンツの類型は、以下の5類型となっている。

1.    写真・動画を中心とした学習素材コンテンツ・データベース
各教科などの授業に役立つ写真や動画、音声を収集してデータベース化し、解りやすいインターフェースで提供する。

2.    学習素材の自動収集システム及びその利用システム
基礎的な学習情報として定期的・継続的にデータを自動収集してデータベース化し、学習に活用できる電子教材として提供する。

3.    全国広域共同学習支援型システム及びデータベース
インターネットを活用した共同学習で相手校探しや学習計画に関する連絡、進行管理など運営を支援するシステム。

4.    教科の指導に役立つ電子教材コンテンツ・データベース
過去に蓄積されてきた各種の電子教材をWeb上で表示可能となるよう再開発し、各教科の授業で活用できるようにする。また、Web上で動作する各種の電子教材を、教員がサーバ上に容易に構築できるようなツール。

5.    職場体験や進路決定に役立つコンテンツ及び提供システム
職業体験や進路決定、社会科の学習などに役立ち、将来の進路や自己研鑽すべき目標を意識化させるためのもので、職業・産業などの情報を提供できるシステム及びコンテンツ。

 以上のように、国内の研究動向としては、これまでばらばらに行われていた研究が、国家主導型という形で収束し、現場の教員と開発側との間の協力、産・官・学の連携によって行われている。そして、ハードウェア面での研究から、本研究と同様に、ソフトウェア面、コンテンツの充実という方向へ、研究はシフトしている。

 一方、国外の研究動向としては、ケルン・サミットでも明らかになったように、各国ともに教育改革を重要な施策として捉えており、それに従って様々な事業を推進している。

ここでは特に、情報教育の先進国とも言えるアメリカを主な例として取り上げる。

問題のありかは、アメリカにおいても日本と同様で、やはり、コンテンツの充実が挙げられている。しかし、その背景が異なる。

アメリカやイギリスなどの場合、教科書を初めとする教材は、企業によって作られるという点では日本と同様であるが、最大の違いは、検定がないということである。州や地方によってある程度の規定はあるものの、それを満たしてさえいれば、教科書として発行することが出来る。そして、日本と較べてさらに大きな違いは、国や地方自治体が教科書を選定するのではなく、教師が選ぶと言う点である。教師が、自分の使いやすさ、生徒にあったもの、などといった基準で、いくつかの教科書を選んでいくのである。これは、教材も同様である。その現場の状況に応じて、教科書、教材は選ばれていくのである。

そのため、教科書や教材に関する研究は、企業の中で行われ、より「売れる」もの、より「使いやすいもの」が作られていく。特にアメリカの場合では、生徒数が多い州に併せた教材が作られるため、生徒数が少ない州では、その州の状況にあっていない教科書、教材を選ばなくてはならないこともある。これは企業に任せてしまっていることから起こる弊害であると言える。

また、教科書や教材を教師が選ぶため、教師によって提供される質にばらつきが生じ、安定した学力が育成されないと言う弊害も生じている。特に、アメリカの教師は教科書にそのまま従って授業を行う場合が多く、教科書によって授業の内容から質までが左右されてしまうという傾向がある。

ここで、さらなる問題が生じる。現在の教科書・教材に関する研究の主眼の一つは、ここにあると言える。それは、解りやすさ、文章の質である。企業が教科書を作り、それを教師が選び、それにほぼ従って授業を行う、という状況であるため、教科書の表現や説明の解りやすさは重要な要素となる。イリノイ大学の調査によれば、8歳から17歳の児童・生徒に「どうすれば授業や教育の質を高めることができるか」と質問したところ、最も多かった解答が、「より良い教科書」(40%)であったという。読んでも解りづらい表現であったり、接続詞がなかったりするなど、問題が多く見られたという調査結果が得られた。

このように、アメリカなどの、教材開発を企業に任せ、教材の選択を教師に任せてしまっている国では、教材の内容によって、教育内容も大きく左右されてしまうという問題が生じており、情報教育においても、同様の現象が起こっている。企業の開発した情報教育用の教材に、教育内容が大きく影響されてしまうのである。そのため、アメリカでは、コンテンツの充実とともに、教授法の確立やプロフェッショナル・デベロップメント[11]も研究課題として中心に置かれている。

以上、日本と、主にアメリカの研究動向を取り上げたが、いずれの場合も、本研究と同様に、教育教材における「コンテンツ」の問題が重要な課題となっている。


第三章    研究概要

1                研究の方法

本研究の方法は、以下の手順で行う。

1.      本研究の基本としての「21世紀に目指される新しい教育」とは何かを把握するため、教育改革国民会議の最終報告や新学習指導要領、中央教育審議会などの答申、報告といった、国家政策としての「教育改革」の調査・分析を行う。

2.      1で明らかになった「21世紀に目指される新しい教育」に対して、現在行われている教育、使われている教材、教科書にはどのような問題点があるか、実践状況の調査を行う。

3.      2の実践状況の調査から導き出される問題点を解決するような、「21世紀に目指される新しい教育」に対応した教材、教科書はどのようなものか、考察する。

4.      3で明らかにされた、「新しい教科書」を作成するシステムとして、HyperTransaction Systemが有用であるかを考察するため、実証実験を行う。

5.      4の実証実験を通して、新たに生じた問題点を明確にし、改善策を提案する。

6.      HyperTransaction Systemを利用した教科書作成システムを充実させ、実現するためには、どのような機能、制度、システムが必要か、明確にする。

7.      以上の研究の成果から、「21世紀に目指される新しい教育」において、より良い教材、教科書、システムを提案し、今後の研究へとつなげていく。

 以上が、研究の方法である。

 以下、ここで述べた方法に従って研究した過程、成果を報告する。


第四章    研究内容とその成果

1      教育改革の調査

 平成917日、橋本総理大臣(当時)から小杉文部大臣(当時)に、経済社会システム全体の見直しを図るための改革の一環として、すべての社会システムの基盤である教育についての改革の具体的な課題とスケジュールを示すよう、要請があった。それを受けて、同月24日、「教育改革プログラム」が策定され、提出された。

これが、現在も続く「教育改革」の始まり[12]である。その後、教育改革の進展を踏まえて、平成98月、平成104月、平成119月の3回にわたって、改訂が行われている。

平成9年の教育改革プログラム策定から現在までの間、この「教育改革プログラム」に従って様々な施策が行われてきたが、これからの教育を考えるにあたって、その間に行われた重要な項目を、主に初等中等教育の中で、情報教育及び教材・教科書という観点から、以下に挙げてみる。また、それらの総合的な分析については、次節に譲ることにする。

 まず、平成96月、中央教育審議会から、『21世紀を展望した我が国の教育の在り方について(第二次答申)』が提出される。この一年前、平成87月に出された第一次答申とあわせて考えるが、ここで初めて、『ゆとり』『生きる力』という記述が見られる。

 次いで平成106月、同じく中央教育審議会から、『「新しい時代を拓く心を育てるために」−次世代を育てる心を失う危機−(答申)』が出される。再び『生きる力』について言及するとともに、『心の教育』についても触れ、また、地域社会における子育て支援や子どもたちに対する自然体験活動等の機会を付与することなどを提言している。

 同年7月には、教育課程審議会から『幼稚園、小学校、中学校、高等学校、盲学校、聾学校及び養護学校の教育課程の基準の改善について(答申)』が出された。ここでは、教育内容の厳選、授業時数の削減、高等学校の卒業単位数の縮減といった、『ゆとりの教育』に対する具体的な施策が挙げられ、また、総合的な学習の時間の創設、道徳教育の充実、国際化・情報化への対応と言った、心の教育や新しい時代への対応が図られている。さらに、教科書及び教材に関する記述もある。

 同年8月には、中央教育審議会初等中等教育分科会による、『情報化の進展に対応した教育環境の実現に向けて』と題された、「情報化の進展に対応した初等中等教育における情報教育の推進等に関する調査研究協力者会議」の最終報告が提出されている。ここでは、教育用コンピュータ・ソフトウェアの整備などについて触れられている。

 そして、この年、平成101214日に幼稚園教育要領、小学校及び中学校学習指導要領が告示された。また、翌年、平成11329日には、高等学校学習指導要領、盲学校、聾学校及び養護学校幼稚部教育要領、小学部・中学部学習指導要領、高等部学習指導要領が告示された。

 その後、先述したように、平成123月には、教育改革国民会議が開催され、その最終報告が、同年1222日に提出されている。

 以上、平成9年の教育改革プログラムの策定から現在に至るまで、情報教育や教材・教科書に関連して重要と思われる項目を列挙した。本研究では、これらを調査対象とし、次節において、その分析を行う。

2      これからの教育目標の分析

前節において、「教育改革」で行われてきた施策を調査し、その中から、情報教育や教材・教科書に関連して重要と思われる項目を抽出した。

この節では、それらの項目を総合的に分析し、以下の2点の答えを導き出すことを試みる。

           教育改革、新学習指導要領が指し示す、「21世紀に目指される新しい教育」とは何か。

           その中にあって、情報教育、あるいは情報機器の位置付けはどうなっているのか。

 分析を行う際に、注意しなければならないのは、これらの施策や提言といったものは、すべてが独立して存在しているわけではなく、お互いが関連しあっているということである。教育改革プログラムという一つの大きな流れの中で、21世紀に向けて、あるべき教育の姿を模索しているのである。そのため、個々の分析ではなく、全体の関連性の中において、「総合的に」分析を行う必要がある。

 また、全体が一つの大きな流れに沿っているということは、必ずどこかに帰着し、収束するはずである。それは、学習指導要領である。そこに至るまでに行われた様々な提言や施策の結果が盛り込まれ、これからの教育の指針となるものが教育指導要領なのであるから、分析の中心も、必然的にそこになる。そのため、以下、学習指導容量を中心に据えて、分析を行っていく。

 学習指導要領には、「改訂のポイント」と呼ばれるものが掲げられている。従来の教育とは異なる点、これからの教育を考えていく上で重要なポイントとなるものが、そこで述べられている。下の表は、学習指導要領の改訂のポイントにあるものを、従来型の教育と比較して表化したものである。

 

新学習指導要領

従来型の内容

改訂のポイント

具体的な内容

道徳、読み書き中心の英語、暗記中心の歴史

豊かな人間性・社会性・国際性

ボランティア活動、理解する歴史、聞く・話す英語

受動的な教育、暗記中心の教育

自ら学び、自ら考える力の育成

体験的な学習、問題解決型の学習、知的好奇心・探究心・論理的思考力・表現力の育成、コンピュータなどの情報手段の活用

受験戦争、枝葉末節的な教育、画一化、点数成績主義

ゆとりのある教育、基礎・基本の定着、個性を生かす教育

授業時数、授業内容の縮減、選択学習の幅の拡大

つながりのない教科間、特色のない学校

創意工夫を生かした特色ある教育・学校作り

総合的な学習の時間、授業時間・授業時数の弾力化、教科目標・内容の大綱化、各学校独自教科の導入

<表:新しい学習指導要領のポイント>

 表にもあるが、正確には、改訂のポイントは以下の4つのように記述されている。

1.    豊かな人間性や社会性、国際社会に生きる日本人としての自覚を育成すること。

2.    自ら学び、自ら考える力を育成すること。

3.    ゆとりのある教育活動を展開する中で、基礎・基本の確実な定着を図り、個性を生かす教育を充実すること。

4.    各学校が創意工夫を生かし特色ある教育、特色ある学校づくりを進めること。

 平成96月の中央教育審議会『21世紀を展望した我が国の教育の在り方について(第二次答申)』及び平成87月の第一次答申において述べられた『ゆとり』については、3で言及されている。また、同答申、及び平成106月の中央教育審議会『「新しい時代を拓く心を育てるために」−次世代を育てる心を失う危機−(答申)』において述べられた『生きる力』、そして『心の教育』については、12で言及されている。同様に、『「新しい時代を拓く心を育てるために」−次世代を育てる心を失う危機−(答申)』中にある、地域社会における自然体験活動などに関しては、4で言及されている。

 このように、教育改革において提言されてきた事項が、新しい学習指導要領の中には、すべて盛り込まれている。

 また、この改訂のポイントの冒頭には、以下の記述がある。

 

 平成107月の教育課程審議会答申を受けて、完全学校週5日制の下で、「ゆとり」の中で「特色ある教育」を展開し、幼児児童生徒に自ら学び自ら考える「生きる力」を育成。

 つまり、この学習指導要領においては、先に挙げた項目の一つである、教育課程審議会『幼稚園、小学校、中学校、高等学校、盲学校、聾学校及び養護学校の教育課程の基準の改善について(答申)』が重要な位置を占めていることが解る。

 そこで、同時にその教育課程審議会答申を参照してみると、以下のような記述がある。

 教師は、児童生徒とともに学び考え、児童生徒の問題解決を助けていくと言う姿勢に立つことが重要である。また、児童生徒の発達段階などを考慮し、一人一人の興味・関心を生かした指導や、学習内容の理解や習熟の程度に応じ、弾力的に学習集団を編成したり、学級編成を弾力的に行うなど、個に応じた指導の工夫改善を一層進める必要がある。その際、異なる教科間の教師の協力も含め、ティーム・ティーチングなどの指導を一層進めるとともに、特別非常勤講師等による授業を積極的に実施したり、保護者や地域の人々の協力を得たりすることも大切である。特に、小学校では、従来の学級担任による全科担任制にとらわれず、専科指導や交換授業など教師の得意分野を生かした指導方法の工夫改善も重要である。

このように、学習指導要領と教育課程審議会答申を並べて分析してみると、これからの教育像が見えてくる。

まず、学習指導要領における改訂のポイントの4つ目で述べられている、『創意工夫を生かした特色ある教育・学校作り』は、教育課程審議会答申においては、『指導方法の工夫改善』として取り上げられ、特に、『専科指導や交換授業』といった『教科横断的な授業』や、『特別非常勤講師等による授業』、あるいは『保護者や地域の人々の協力』といった『地域密着型の授業』を促すものとなっている。また、地域の協力や教師間の協力により、改訂のポイントの1つ目にあたる『豊かな人間性や社会性』を育むことも期待されている。

次に、学習指導要領における改訂のポイントの3つ目で述べられている、『ゆとりのある教育』、そして、『個性を生かす教育』は、教育課程審議会答申においては、『生徒の個性や学習段階に応じて、弾力的に学習集団を編成すること』として取り上げられ、また、『ティーム・ティーチング』について言及していることからも解るように、『少人数制』へと向かうことを読み取ることが可能である。

そして、改訂のポイントの2つ目、『自ら学び、自ら考える力の育成』即ち『生きる力』については、教育課程審議会答申においては、教師の立場として述べられている。つまり、生徒の『自ら学び、自ら考える力』を育成するために、教師は『児童生徒の問題解決を助ける』という役割となり、『教育の主役は生徒自身』ということになっていく。

 この段階で、導き出される『新しい教育』の姿は、以下のようになる。

    少人数制

    教科横断的な授業

    生徒主導の教育

    現場適応型(地域密着型)の教育

 一方、教育改革において、情報教育、あるいは情報機器はどのように位置付けられているのか。

 同じく、平成107月の教育課程審議会『幼稚園、小学校、中学校、高等学校、盲学校、聾学校及び養護学校の教育課程の基準の改善について(答申)』には、以下のように言及されている。

 コンピュータ等の教育機器についてハード・ソフト両面にわたる整備や情報通信ネットワークの整備充実とその活用を進めるとともに、学校図書館における情報機器や図書、視聴覚資料などの一層の整備充実と活用が求められる。教育環境の整備については、こうした学校内にとどまらず、学校外の様々な教育施設・設備の整備・充実など、地域に豊かな教育環境を用意し、その積極的な活用を図ることが大切である

また、学習指導要領には、各教科ごとに情報機器に関する記述がある。以下は、その中から国語科、保健体育の記述の一部を抜粋したものである。

国語科『音声言語や映像による教材,コンピュータや情報通信ネットワークなども適宜活用し,学習の効果を高めるようにすること

保健体育『各科目の指導に当たっては,その特質を踏まえ,必要に応じて,コンピュータや情報通信ネットワークなどを適切に活用し,学習の効果を高めるよう配慮するものとする

 教育課程審議会答申には、『積極的な活用を図る』とある。また、学習指導要領には、各教科に必ず『コンピュータや情報通信ネットワークなどを適切に活用する』という記述、あるいは類似した記述が見られる。

つまり、情報機器は、教科を問わず、学習の効果を高めるために、積極的な活用を行うという、いわばツールとして位置付けられている。本研究の冒頭で述べた情報教育の定義に従えば、これはまさに、コンピュータを『道具』として捉えた教育である。

とするならば、先ほど掲げた、これからの教育目標である、少人数制、教科横断的な授業、生徒主導の教育、現場適応型(地域密着型)の教育は、教育の情報化によって支援されると考えることができる。言い換えれば、すべての教科が、情報機器を道具として利用する、情報教育となるのである。事実、生徒が自主的に調査や製作を行ったり、いくつかの教科内容を複合的に学ぶことが可能な、総合的な学習のような教科の場合には、コンピュータなどの情報ツールは、非常に有効な道具となり得る。

教育改革においては、このように、授業の中に積極的にコンピュータや情報通信ネットワークを取り入れることで、生徒の理解を助け、さらには情報活用能力を身につけ、総合的な力を育む、という狙いがあるのである。また、それを強化するために、各教科だけでなく、中学校で『情報とコンピュータ』、高校で『情報』が必修となっている。

 以上、教育改革、新学習指導要領が指し示す「21世紀に目指される新しい教育」のあり方と、その中における情報教育、あるいは情報機器の位置付けを明らかにした。

 それらを踏まえた上で、次節では、現在行われている情報教育、使われている教材、教科書に関しての実践状況を取り上げ、そこにはどのような問題点があるかを探り、「21世紀に目指される新しい教育」に対応した教材、教科書を導き出す礎とする。

3      現状調査

ここでは、前節で明らかになった「21世紀に目指される新しい教育」に対して、現在行われている教育、使われている教材、教科書にはどのような問題点があるか、実践状況を調査し、明確にしていく。

現時点で情報教育といった場合、どのように情報教育が行われているかによって、以下のように大別できる。以下の分類に従って、それぞれの授業形態の実践状況を調査し、問題点を探っていく。

l      総合的な学習の時間

l      実験的に行われている「情報」の授業

l      他教科での情報機器の応用

l      教科横断的な利用

また、授業形態だけではなく、以下の点にも着目し、比較検討する。

l      全体的な状況

l      私企業の作った教材

l      国外で用いられている教材

l      教材・教科書会社の動向

@      全体的な状況

個々の授業形態の前に、日本国内の、全体の状況を確認しておく。

文部省では、毎年度、日本国内の公立の各学校段階におけるコンピュータの設置・利用状況を調査し、公表している。ここでは、文部省発表の『平成11 年度における公立学校の情報教育の実態調査(平成12 3 31 日現在)』から、全体の状況を把握する。

まず、本研究で取り上げるソフトウェア面での調査の前に、その前提となるハードウェア面の状況を確認する。

 

学校数

コンピュータを設置する学校数

割合

コンピュータの設置台数

平均

小学校

23,607

23,344

98.9

367,292

15.7

中学校

10,418

10,418

100.0

382,981

36.7

高等学校

4,146

4,146

100.0

339,489

81.9

盲学校

68

68

100.0

1,763

25.9

聾学校

104

104

100.0

2,401

23.1

養護学校

753

749

99.5

9,936

13.3

小計

925

921

99.6

14,100

15.3

合計

39,096

38,829

99.3

1,103,862

28.4

<表:コンピュータの設置状況>

平成12年度331日現在で、コンピュータの設置率は、全体で99.3%にも及ぶ。中学、高等学校においては、既に100%となっている。一校あたりの平均台数も、全体で28.4台となっており、中学においては36.7台と、場合によっては一学級分の人数を満たすだけの台数があり、高等学校では、二学級分を満たすことも可能である。

特殊学校においても設置率は高く、小学校が若干不足しているというのが、現状である。しかし、ここからも解るとおり、学校において情報教育を行うにあたって、ハードウェア面においては、既に準備は整っていると言える。

ただし、ハードウェア面、インフラ面で考えた場合、コンピュータそのものだけではなく、ネットワーク環境も重要な要素となる。学習指導要領においても、各教科における『コンピュータや情報通信ネットワーク』の活用が促されており、ネットワーク環境の整備は早急に達成されることが望まれている。現時点では、以下のような状況になっている。

 

学校数

インターネット接続学校数

割合

小学校

23,607

11,507

48.7

中学校

10,418

7,068

67.8

高等学校

4,146

3,320

80.1

盲学校

68

51

75.0

聾学校

104

80

76.9

養護学校

753

423

56.2

小計

925

554

59.9

合計

39,096

22,449

57.4

<表:インターネット接続学校数>

全体では57.4%と、半数は超えたものの、逆に言えば、未だに接続されていない学校も半数近くあるということになる。また、接続されている学校でも、保有電話回線数は、全体で2.5本、ISDN回線を入れても、3.2本であり、電話回線を利用してインターネットに接続した場合、他の電話が使えない状況に陥る学校も、少なからず存在すると言うことになる。

学習指導要領などにおいて、情報社会に参画する態度や、ネットワークにおける情報活用などが取り沙汰されている状況下で、インターネットに接続できていないのでは、その授業を行うのに困難を生じる。また、「ミレニアム・プロジェクト『教育の情報化』」においても、ネットワーク提供型コンテンツ開発事業、学習資源デジタル化・ネットワーク化推進事業といった、ネットワークを前提としたコンテンツが開発されており、ここで開発されたコンテンツを活用するためにも、ネットワークインフラの早急な整備が行われる必要がある。

一方、ソフトウェアに視点を移してみると、以下のような状況になっている。

 

コンピュータを設置する学校数

ソフトウェア保有種類累計数

平均

小学校

23,344

797,469

34.2

中学校

10,418

540,454

51.9

高等学校

4,146

150,358

36.3

盲学校

68

2,246

33.0

聾学校

104

3,939

37.9

養護学校

749

29,273

39.1

小計

921

35,458

38.5

合計

38,829

1,523,739

39.2

<表:ソフトウェアの整備状況>

この調査結果は、現時点で、平均39.2本のソフトウェアが各学校にあることを示している。この数値は、教科等用、教材作成用及び校務処理用を対象としており、OS、ワープロ、表計算等を含んでいない。つまり、教育用ソフトウェアだけで、これだけの数が学校内にあるのである。

しかし、現実として、それほど多くのソフトウェアがありながら、各教科で積極的に利用されているという話をほとんど聞かない。

それは一つに、教師の状況に原因がある。

まず、教師の能力の問題である。

 

教員数

コンピュータを操作できる教員数

割合

コンピュータで指導できる教員数

割合

小学校

395,958

249,381

63.0

144,396

36.5

中学校

234,636

157,670

67.2

69,642

29.7

高等学校

202,796

149,764

73.8

57,074

28.1

盲学校

3,288

2,391

72.7

993

30.2

聾学校

4,654

2,993

64.3

1,264

27.2

養護学校

45,436

23,555

51.8

8,669

19.1

小計

53,378

28,939

54.2

10,926

20.5

合計

886,768

585,754

66.1

282,038

31.8

<表:教員の実態>

ここで示されているように、コンピュータを利用して指導、つまり授業ができる教師は、全体の31.8%でしかない。また、各教科ごとに見た場合、コンピュータを利用して学習指導が出来る教師は、技術科では88.8%、理科では43.9%、数学では43.2%、職業科目では70.1%であり、それ以外の教科においては、すべて、30%以下である。

つまり、如何にコンピュータが充分に配置され、多数のソフトウェアが学校内にあろうとも、それを利用して授業を行うことの出来る教師が、ほとんどいないというのが現状なのである。

また、そのような技術的な側面以外にも、授業にコンピュータを導入することに対して懐疑的な教師も少なからずいる。本当にそれで学習効果が期待できるのか、使いたいソフトウェアがない、生徒が集中しなくなる、そのような時間がない、などといった否定的な意見が存在する。

全体の状況を把握して明らかになることは、もちろん教師の研修も重要であるが、情報教育に用いる教材や教科書においては、より容易に使用でき、かつ実際に学習効果の得られるソフトウェアが必要とされ、さらに、それを使うことによって、学習効果の向上が明らかに期待できることを教師にアピールするようなものでなければならない。

A      総合的な学習の時間

これまでの画一的と言われる授業ではなく、地域や学校、子供たちの実態に応じて学校が創意工夫を活かして特色ある教育活動行うことを可能にする、という狙いで設置された総合的な学習の時間であるが、明確な取り決めやガイドラインがなく、何を教えればよいのかということで現場の教師自身が困惑してしまっているのが現状である。

そのため、中には読書をするだけの時間であったり、ドリルをやるだけの時間となってしまっているところも実際に存在する。

Eスクエア・プロジェクト[13]に登録されている「総合的な学習」の実践事例は、現時点で432件。日本国内に小学校だけでも23,607校存在することを考えれば、この数は、多いとは言えない。

総合的な学習が抱える問題は、教科書もなく、明確なガイドラインもないことから、その学校、その教師によって、質がばらばらになってしまうということが挙げられる。にもかかわらず、義務教育段階においては、学区によって通学先が決定付けられてしまうため、総合的な学習に対して熱意のある教師がいる学校に通うことになった生徒であれば良いが、そうではない学校に通うことになってしまった生徒との間には、大きな差が生じてしまう可能性が高い。特に情報教育においては、小学校における「総合的な学習」、中学校における「情報とコンピュータ」、そして高等学校における「情報」というように、段階を追って分けられているため、担当になった教師によっては最初の段階で躓いてしまうこともあり得るのである。

 また、地域学習などが行われる例も多いが、この場合には、地域の理解、協力が不可欠であり、そこが既に障壁となって先へ進めない場合も少なからずある。

B      実験的に行われている「情報」の授業

2003年から導入される教科「情報」に先駆ける形で、既に実験的に「情報」の授業を行っている学校がいくつかある。そこでは、大きく分けて二つのやり方がある。

    企業との連携によって行う。

    学校独自の方針で行う。

学校独自の方針で行っている場合には、ほとんどの場合、特殊なシステムやソフトウェアを用いることなく、既存のアプリケーションソフトなどを組み合わせて用いて、情報の授業を成り立たせている。このやり方の問題点としては、教師の能力がそのまま授業の質に反映されるという点にある。また、ソフトウェアやハードウェアが技術的に遅れてしまう危険性が常にある。

一方、企業との連携によって行う場合、その企業独自の特殊なシステムやソフトウェアを用いることが多い。そのシステムによって、LANでの管理や成績管理、生徒の理解度の把握などを行いつつ、授業においても、ワープロや表計算、Webページの作成まで、そのシステム上で行う。この方法だと、教師、及び生徒の自由度が規制され、また、特殊な状況下での学びであるため、そこでの知識や経験に汎用性が欠ける、といった問題点が挙げられる。だが、逆に、企業との連携により、常に新しい技術の導入を図ることが出来ると言うメリットもある。

また、どちらの方法においても、生徒の理解度、学習段階に応じた指導が求められるが、生徒がそれぞればらばらに学習していくため、一学級を一人の教師だけで教えるのは無理があると判断している学校が多く、ティーム・ティーチングの導入などが図られている。

C      他教科での情報機器の応用

学習指導要領で示されているように、これからは、各教科において『コンピュータや情報通信ネットワーク』の積極的な活用が望まれている。現時点でも、それは既に行われている。しかし、先に挙げたように、実際にコンピュータを利用して授業を行うことが出来る教師は、全体の31.8%に過ぎず、また、教科も理系教科に偏っているため、その利用方法も偏ってしまっている。例えば、以下のような利用が行われている。

    理科における、物理現象や天体現象のシミュレーションソフトの利用

    数学における、グラフ・図形描画ソフトの利用

    各教科における、百科事典型ソフトの利用

 授業にソフトウェアを活用するとなると、このように理系教科の例が多くなるが、ネットワークを活用するという場合には、逆に文系教科が多くなる。

    社会科や国語科での調べ学習

    英語科での国際交流学習

 また、特殊な例では、以下のようなものもある。

    社会科における、ネットワーク上のバーチャル株式サービスを利用しての学習

    社会科における、歴史シミュレーションゲームを利用しての学習

    理科における、生物・環境育成シミュレーションゲームを利用しての学習

以上のように、他教科においての情報機器の活用の例は次第に増え、未だ実験の域を出ないものがほとんどだが、効果をあげているものも多い。しかし、そのように積極的に活用を行っているほとんどが、私立の学校であるという問題もある。

D      教科横断的な利用

教科横断的な利用は、先述した他教科での情報機器の応用の延長線上にあるとも言える。

例えば、以下のような実践も行われている。

    興味のある詩人に関する調べ学習(国語科)

    詩を作る(国語科)

    詩の内容にあった絵・音楽をつける(美術・音楽科)

    詩の内容を、英訳する(英語科)

    Webページとして作成し、インターネットに公開する(技術科)

 このように、一つのテーマをいくつかの教科にわたって構成し、学習効果を高めるという方法である。このような方法は、特に調べ学習を中心に行っている学校に多く見られ、複数教科の連携により、学習効果だけでなく、生徒の学習意欲の向上にもつながっている。

 しかし、この方法は、複数の教科の教師間の協力が重要となり、その連携の円滑化がうまく行かない場合には成立し得ない。また、私立の学校で行われている例がほとんどである。

E      私企業の作った教材

先述したように、現時点で、一校あたり39.2本の教育用ソフトウェアが導入されている。このうち、実に89.4%が、市販のソフトウェアである(それ以外は教師自身の自作ソフトウェアなど)。

それでは、実際にどのようなソフトウェアがどれだけあるのか、Eスクエア・プロジェクトに登録されているソフトウェアの種類別本数は以下の通りである。なお、ここでの種類は、Eスクエア・プロジェクトの分類に準拠する。

統合ソフト

33

ワープロソフト

8

表計算

4

データベース

83

辞事典・図鑑

79

お絵描き・グラフィックソフト

36

ネットワーク

42

インターネット

46

ツール型ソフト

89

シミュレーション型ソフト

131

ドリル型ソフト

332

チュートリアル型ソフト

73

プレゼンテーション(提示型)ソフト

64

ゲーム型ソフト

171

エデュテイメント型ソフト

255

その他

218

<表:種類別ソフトウェア本数(重複含む)>

実践的なドリル型ソフトの数が多いことが注意深い。確かに、作る側としては、最もソフトウェアとしての設計がしやすいのであろう。また、紙のドリルを単にコンピュータ上に置き換えたに過ぎないので、教師側としても導入しやすいであろうという発想が見られる。

次に多いものが、エデュテイメント型ソフト、その次がゲーム型ソフトであり、これもまた、子供が喜び、学習意欲が向上するであろう、という発想が見られる。

しかし、それに対して、平成108月の中央教育審議会初等中等教育分科会による、『情報化の進展に対応した教育環境の実現に向けて』と題された、「情報化の進展に対応した初等中等教育における情報教育の推進等に関する調査研究協力者会議」の最終報告には、以下のような記述がある。

教育関係者からは、教育用ソフトウェアの内容について、単なるドリル形式やノート代わり程度のものが多いとの指摘があり、また、ソフトウェア業界の関係者からは、開発コストがかかる割には学校からの需要が小さすぎてビジネスとして成り立たないとの声も聞かれる。

また、文部省の生涯学習局学習情報課長、岡本薫氏は、2000315日、()日本教育工業振興会主催の第16回情報教育政策セミナー”21世紀への情報教育において、以下のように述べている。

必要となる学校教育用コンテンツについては、現状では教師のニーズに適合していない、時間的なコストに見合わない。

つまり、ここから言えることは、現場と製作側の乖離が問題の中心にあると言うことである。「こうであって欲しいだろう」という開発側の意図が、明らかに現場の教師とずれてしまっている。そのため、購入されることがなく、ビジネスとして成り立たない、だから作らない、という悪循環に陥ってしまっている。

現在、産・官・学連携でミレニアム・プロジェクトが進められているが、そこにおいては、開発側と現場側の密接な連携が期待される。

F      国外で用いられている教材

アメリカにおいて近年普及が進んでいるのは、WebCTBlackBoardといった、Web-Based Training構築システムである。

これらのWeb-Based Training構築システムでは、教師がそれほどの能力を持っていなくても、容易にWeb-Based Trainingシステムを構築することが出来る。そこでは、出欠席の確認から、成績管理、メーリングリストや掲示板の設置による生徒とのコミュニケーションの確保まで、様々なことが出来る。

ここで問題となっているのは、コンテンツの不足である。これらのWeb-Based Training構築システムを使って構築できるのは、あくまでもシステム、外枠だけであり、中身までは自動的に作ってはくれない。コンテンツの質を高めることが、重要な課題として挙げられる。

そのため、アメリカでは、国立教育図書館が指導案検索・質問システムERICEducational Resources Information Center)をWeb上で公開している。ここでは、教育に利用できる素材や指導案を検索できるようになっており、授業内容、コンテンツの質を高めるために利用されている。

ここから明らかなように、システムとコンテンツの両方の質を高めることが重要である。

G      教材・教科書会社の動向

2003年の教科「情報」の導入を間近に控え、その教科書、教材をどうすべきかが問題となっている。

最も大きな問題が、教科書内容の適切さ、である。

日本の教科書制度では、教科書作成から検定、発行、次の改訂までの流れは、以下のようになっている。

教科書が使用されるまで
<図:教科書が使用されるまで>


現行の教科書検定制度においては、一度検定を通過したものは、内容の変更が許されていない。既存の教科では、この制度でも良かったかもしれない。

しかし、教科「情報」がその対象とするものは、秒進分歩とさえ言われるほど進展が早く、常に状況が変化している。

そのような教科「情報」の内容について、4年という長期にわたって変更が許されないということを考えたとき、内容が陳腐化したり古くなったりしないかということが懸念され、場合によっては、実際の使用の頃には間違いと判断されるようなことがあるかも知れず、資料の選択などにかなりの慎重さを要する。だが、そこに意識を傾けすぎると、今度は内容が薄くなってしまい、どちらに重きを置くか、が重要な課題となっている。

4      現状分析

以上の現状調査から明らかになったことには、教育改革の重要なポイントになる情報教育には、次のことに左右されやすいという性質があるということである。

    生徒の学習段階・理解度

    現場のIT・その他の環境

    技術の進歩

情報教育は、従来の他の教科以上に演習を多く含むため、生徒の理解度の差が出やすく、その影響を受けやすくなっている。

また、高等学校であれば、中学校での学習段階を踏まえることが前提であるため、出身中学校間での差が出る可能性が非常に高くなっている。特に、移行段階から実施後数年間においては、その傾向は非常に顕著なものとなると思われる。

また、ハード面での格差は解消されると思われるが、それでもネットワーク環境などは各学校において格差が出ることが予想され、それ以上に、地域と密着した情報教育や他教科との連携を常に考える必要があるため、地域の環境や他教科の状況などに左右される可能性が非常に高い。

さらに大きな問題として、情報技術は進歩が速く、その進歩に合わせた内容である必要がある。つまり、教えるべき内容が、かなりの速度で変化する可能性が高いと考えられる。

以上のことを考えたとき、情報教育は根本的にどのような展開をする必要があるかといえば、『現場・状況適応型』でなければならないと言うことである。柔軟性にとんだ枠組みを作る必要があると言える。

当然、情報教育を担う教師は、そのような画一的でない、柔軟な対応を取ることができなければならない。新しい情報技術も常に追い求めていく必要がある。

しかし、教師は努力次第でそのような変化に対応していくことができるが、問題は、『教材・教科書』である。

従来型の教材、特に今までのような教科書であっては、現場の状況にそぐわない、あるいは現在の技術と照らし合わせて、誤りや不足がある、などと言った状況が起こりやすくなる。

従来の教科書が対応できない『変化』には、以下の3つが考えられる。

@    個別変化

A    空間的変化

B    時間的変化

 これからの教育においては、少人数制による個別化が予想され、それに対応できなければならない。しかし、従来の教科書では、全員共通のものを使わなければならず、個別の変化に対応できないのである。

 次に、現場適応型、地域密着型の授業が予想され、その地域によって異なる教育が展開される。そうなると、その地域ごとに違う教科書を作成する必要が生じる。このような空間的変化に、従来の教科書では、対応できない。

 そして、急速に様々な事象が変化する社会においては、教育内容でも、それまで正しかったことが誤りであったり、資料として掲載していたものの形が変わったりすることなどが予想されるが、教科書検定の周期は依然として4年間であるため、その間は教科書の内容の改変は許されていない。つまり、従来の教科書では、時間的変化に対応できないのである。

 そこで、現場の教師自身が、その場所、その時間、その生徒にあった教材・教科書を作ることが出来れば、これからの教育にも対応できる。

 教師自らが教材や教科書を作る手段として考えられるのは、市販のオーサリングソフトなどを用いることだが、ここには大きな問題がある。それは、

1.    著作権問題

2.    作業の煩雑さ

 の2点である。

 俗に、オーサリングソフトによる教材作成は、1時間の教材を作るのに100時間を要するとまで言われ、また、そのような苦労をして作った教材が、あまり教育的効果を得られないことがあると言う理由から、現場の教師自身が教材や教科書を作ることをためらってしまっている。

 特に、作成において時間を費やさなければならないのが、著作権問題である。

 著作権を解決するために、原著者に連絡をとり、許諾を得る。一つの教材、あるいは教科書を作るのに、この作業を、何度も繰り返さなければならない。この煩瑣な作業が、教師を教材作成からさらに遠ざける理由の一つとなっている。

 以上のことから、従来の教科書の持つ問題と、それを解決する方法の一つである、現場の教師による教材作成の持つ問題をまとめると、以下のようになる。

1.    著作権問題

2.    作業の煩雑さ

3.    変化への対応

 このような、従来の教科書及び現場による教科書作成が持つ問題を解決するために、HyperTransaction Systemを用いた教科書作成の実証実験を行い、その有用性を検証する。

5      HyperTransaction System実証実験

@     HyperTransaction Systemとは

 HyperTransaction Systemは、Ted Nelsonが提唱するTransPublishingという概念をベースに開発された、「著作権管理システム」である。

現在のWebページ記述言語であるHTMLでは、HTMLによって作成されたWebページから文章や図などのコンテンツを利用したい場合、コピーアンドペーストによって行うのが一般的である。しかし、Webページにも著作権は存在するため、普通はコピーアンドペーストを行う前に、そのコンテンツの製作者に連絡をとり、許諾を得たのちに、素材として利用する。

だが、この方法では、一つのWebページから複数の項目を利用したい場合だけでなく、多数のWebページから複数の項目を利用したい場合といったように、利用したい項目が増えていくにつれて、著作権者からの許諾を得るために多くの時間を費やす必要が生じる。そのような煩瑣な作業が障壁となって、現在では、無許可のまま利用するということも多々ある。

また、ひとつの文章や図が多く利用されていく過程で、利用者の手によって加工されていっても、情報の受け手側や原著者はそれを知ることができない。例えば文章であれば、前後の文脈が変われば大きくその意味を変えてしまうし、図であっても、使用される箇所によっては、まったく異なる意味を持つ。

 HyperTransaction Systemはこのような従来のHTMLが持つ引用におけるいくつかの欠点を補う形で動作する。

HyperTransaction Systemにおいては、他のWebページにあるコンテンツの利用は、次のように行う。

例えば、他のWebページにある「文章」を利用したい場合、HyperTransaction System用の特殊なタグをHTMLに埋め込む。このタグは、利用したい元の「文章」を指し示している。こうして作られたWebページをWebブラウザで閲覧すると、Webページ読み込み時に、タグが指し示す引用部分が原著から直接供給されることになる。図についても同様のことが言える。

これは、引用する側のページがその部分に関してTransparent(透明)な状態になり、原作者側の図や文章がそこから透けて見える、と解釈することも可能である。提唱者Ted Nelsonはそれに関して、「引用した文章・図はオリジナルをコピーしたわけではない。結果的にはもちろん、そう見えるのだ」[14]と述べている。

このようにして引用された文章や図は、あくまでも「透けて見えている」というだけであるから、第三者の手により改変を加えることはもちろんできない。文章であれば、途中にあるはずのない言葉や文を差し挟まれることもなく、図であれば、本来はなかったような文字や図が書き加えられることもない。よって、オリジナルに対しての同一性が保証されることになる。図は、HyperTransaction Systemのイメージを示したものである。

<図:HyperTransaction Systemのイメージ>

 実際に文章や図が引用される際には、図で示されるような「クォーテーションマーク」がその前後に付加される。図において、左上のマークはオリジナル文書へのリンクのボタンであり、右下のマークはその著作権情報を示すページへのリンクである。著作権情報のページには、著作権者、有効期限、課金情報などが書き込まれている。

(クォーテーションマークに挟まれた部分が引用箇所となる)
 

     

<図:クォーテーションマーク>

これはHyperTransaction Systemによって正しく引用されていることを示すマークであり、同時にオリジナル文書と著作権情報へのリンクのボタンも兼ねている。

まず、このマークによって、引用された文章を閲覧している第三者は、その文章が引用によるものであることを知ることができる。

また、左上のリンクボタンによって、そのオリジナルをたどっていくことが可能であり、本来の文脈、本来の位置で文章や図を確認することができる。これにより、原著者の意図が曲解されることはなくなる。

そして、右下のリンクボタンによって、その著作権情報が明らかになる。これにより、その著作物に付与された著作権情報が明示されているため、原著者に引用の可否を問い合わせる必要がなくなる。また、課金情報までが付与されているため、その条件に合意するのであれば、「その文書が原則として誰でも引用可能な素材である」ということを著作権者が宣言したことと同義となる。今後実装される予定である課金システムが稼動すれば、支払の手続きすら不要となる。こうして、煩瑣であった許諾についての引用者と著作権者のやり取りが一切必要なくなるのである。それは同時に、無断での引用を防ぐことも可能となることを示している。

 このように、著作権管理システムとして開発されたHyperTransaction Systemであるが、その最も大きな利点として挙げられるのは、文書の再構成と発行における有用性である。

先述したように、文部省の提案した「ミレニアム・プロジェクト『教育の情報化』」を構成する6つの事業の中で、「学校教育用コンテンツの開発」が事業内容の一つとして掲げられている。そして、中でも初等中等教育局が担当するネットワーク提供型コンテンツ開発事業は、基本的に素材・教材コンテンツ・データベースを中心としており、また、開発されたコンテンツは、「最低3年間は無償でインターネット上で提供できる体制を確保しなければならない」と定められていることからも解るように、できる限り、著作権の煩瑣な処理が避けられるように配慮されている。

しかし、このままだと、この事業以外で作られたコンテンツなどは依然として著作権の問題を抱え、この事業以前に作られたコンテンツも同様の問題を持つことになる。

ソフトウェア工学研究財団の委託事業の一つとして行われた教材データベース研究では、言語教育用教材として、4コマ漫画を用いた教材[15]を作成した。しかし、ここでも漫画素材をどのように収集するかが問題となり、インターネット上で公開することも前提であったため、改めて専門家に依頼し、100の漫画データベースをオリジナルで開発し、有償で著作権をクリアしている。

この研究の中心となる赤堀侃司東京工業大学教授は、研究から得た知見として、一番初めに「教材コンテンツの蓄積のおいては、著作権をクリアすることが最も重要である」[16]と述べている。

このように、従来、著作権が大きな障壁となっていた教材の共有、素材の共有が、HyperTransaction Systemを用いれば、容易に実現できる可能性がある。特に、今回の研究のように、インターネット上で公開されている様々な素材から一つの新しい文書を作成し、それを再びインターネット上に発行(再出版)するようなケースでは、オリジナルの著作権の情報を容易に参照できることは大きな意味をもつ。

そこで、本研究では、既に存在する素材を引用し、再構成し、再出版する場合においてのHyperTransaction Systemの有効性を検証するため、「教科書」を題材として選び、実証実験を行った。

A     実験内容

 本実証実験では、

1.           HTML形式で書かれた高校教科書試案(「情報A」・「情報B」・「情報C」)をベースとし、分析する。

2.           その内容をHyperTransaction Systemの持つ引用機能(以降、トランスクォーテーション機能と呼ぶ)によって、引用を行う。

3.           引用によって新しい教科書案を再構成する。

4.           HyperTransaction Systemの持つ出版機能(以降、トランスパブリッシュ機能と呼ぶ)によって、出版(インターネットへの公開)を行う。

という4つの過程を通して、大量かつ多数の引用を行った際のHyperTransaction Systemの機能の有用性を検証することを目的とする。

また、ここで用いる素材は、本来は各要素が有機的につながっている「本」形式のコンテンツであるため、そのような内容を引用し、再編することについて、HyperTransaction Systemが有用であるかも検証する。

 本来、HyperTransaction Systemは既存の文脈の中に、その一部として、他のコンテンツから引用してくるということを想定している。ここでは、既存の文脈の方が多く、引用箇所は一部でしかない。

しかし、本実証実験では、新しく制作するコンテンツ全体が、基本的には引用のみによって構成される。それは言うなれば、「引用による編集」である。しかも、膨大な分量を持つ教科書という既存の「本」を素材とし、そこから大量に、多数、引用することで、新たな教科書を編集・再構成するのである。完成する教科書自体も、膨大な分量を持つことになる。

このような場合に、HyperTransaction Systemは果たして有用であるのか、作業の各段階で示す機能性に関して検証する。また、今後の実用段階においてさらに向上すべき機能を洗い出すこともねらいのひとつとする。さらに、オリジナル文書の持つ「本」としての有機性を損なうことなく、新たに「本」としてコンテンツを編集するための方法を探る。

 今回、新教科書案を作成するにあたって、「社団法人 情報処理学会 情報処理教育委員会初等中等情報教育委員会」が作成し、著作権を保有する「高等学校 普通教科『情報』の試作教科書」(以降、試作教科書と呼ぶ)を引用の対象とする。この「試作教科書」は、情報処理学会の調査研究活動として普通教科「情報」の具体的内容について提案する目的で作成された。多くの人々に広く議論されるべき目的で一般に公開しているものであり、教科書そのものではなく、また文部行政とは関係がない、としている。実際には、多くの点で、この「試作教科書」は実際の教科書作成において参考にされている。

この「試作教科書」の中の文章や図を素材として用い、本実証実験で仮に設定する高校情報教科書案「情報甲」及び「情報乙」(以降、まとめた場合、新教科書案と呼ぶ)を作成する。その際、HyperTransaction Systemにおいてトランスクォーテーション機能を実現するTQエディタというソフトウェア(上図)と、トランスパブリッシュ機能を実現するTQパブリッシャというソフトウェア(下図)を使用する。


<上図:
TQエディタ>


<下図:
TQパブリッシャ>

 対象とする試作教科書は、「情報A」、「情報B」、「情報C」の3冊から成る。

 その内容は、以下の通りであり、高等学校学習指導要領に基づいている。

「情報A」:情報活用の実践力

コンピュータや情報通信ネットワークなどを活用して情報を選択・処理・発信できる基礎的な技能の育成に重点を置く。内容は、例えば、情報活用における情報手段の有効性、情報の収集・発信・処理と情報手段の活用、情報手段の発達に伴う生活の変化などで構成する。

「情報B」:情報の科学的な理解

コンピュータの機能や仕組み及びコンピュータ活用の方法について科学的に理解させることに重点を置く。内容は、例えば、問題解決におけるコンピュータの活用の方法、コンピュータの仕組みと働き、情報処理の定式化とデータ管理、情報社会を支える情報技術などで構成する。

「情報C」:情報社会の参画する態度

情報通信ネットワークなどが社会の中で果たしている役割や影響を理解し、情報社会に参加する上での望ましい態度を育成することに重点を置く。内容は、例えば、デジタル表現、情報通信ネットワークとコミュニケーション、情報の収集・発信と自己責任、情報化の進展と社会への影響などで構成する。

 このような3部構成は、生徒が興味・関心などに応じて選択的に履修できるように配慮されたもので、学校側もその体制を整えるように要請されている[17]

 しかし、本研究では、これら「情報A」「情報B」「情報C」を素材とし、HyperTransaction Systemによって、新しく、2部構成の教科書を作成する。それをそれぞれ、「情報甲」「情報乙」とする。

 内容は、以下の通りである。

「情報甲」

 情報の理解を主題とし、情報とは何か、またコンピュータとは何かについて理解する上で必要な事項を試作教科書から選択的に取り入れて独自に配列する。

甲・第一章 ものと情報

 情報の性質を理解するために、数や画像のデジタル表現と操作などについて説明し、ものとの対比において情報の特徴を学ぶ。

甲・第二章 社会と情報

 社会における情報化の進展を説明し、その過程で生まれた情報の光と影の部分を明らかにする。

甲・第三章 コンピュータと情報

 ハードウェアやソフトウェアの仕組みなどの技術的な理解を深め、コンピュータがどのように動いているかを学ぶ。

「情報乙」

 情報の利用を主題として、情報の取り扱い方や電子的コミュニケーションの技法と作法についての知識を、試作教科書から取り込む。

乙・第一章 情報の取得

 情報を取得するためのツールとしてWWWを紹介し、取得した情報を管理・分析するためのツールとしてデータベースや表計算を学ぶ。

乙・第二章 情報の発信

 情報を編集して発信するまでのプロセスを、メール作成とWebページ作成の両面から学ぶ。

乙・第三章 情報への権利と義務

 情報社会に参加するために学ぶべきものとしてネチケットや著作権問題などについて触れる。

情報甲、乙の新しい教科書案では、試作教科書の内容の単なる組み換えにとどまらず、以下の点に留意して作成を行った。

    試作教科書は3部に分かれているとは言え、内容的な重複[18]が多数ある。そのため、2冊の新教科書案では、それぞれの主題に沿って、試作教科書から内容的な重複をできるだけ避け、不用部分を落とすという取捨選択をも行って構成する。

    必要な場合は、2冊の新教科書案において同一内容となっていても、「情報甲」「情報乙」の両教科書で同時に取り入れるということも行う。

 下の図は対象となる3冊の試作教科書(情報A、情報B、情報C)と本実証実験でこれら3冊から新たに作成する2冊の新教科書(情報甲、情報乙)の関係を示している。

<図:試作教科書と新教科書案との関係>

 これらの作業を通じて、以下の点を検証した。

    大量かつ多数の引用を実行する際のHyperTransaction Systemの各システムの正常動作を確認する。

    作業にあたってのシステムの負荷を評価する。

    人間にかかる負荷を評価する。

    「本」に相当する量と内容に対する、トランスクォーテーション機能とトランスパブリッシュ機能の有用性、全体を通してのHyperTransaction Systemの実用性を検証する。

 本実証実験は平成11917日に開始し同年1130日に終了した。

B     実験方法

実験は分析、編集及び出版の3段階からなる。

実験の概略を図に示すと、以下のようになる。

分析段階では次のような作業を順次行った。

           試作教科書の取り込み

           試作教科書の精読

           試作教科書の目次作成

           試作教科書の構成図作成

編集段階では以下のような作業を順次行った。

           新教科書案の草案の作成

           新教科書案の構成図作成

           試作教科書へのアンカーの打ち込み

           試作教科書構成図のへイパーリンク化

           試作教科書構成図のへイパーリンク化

           試作教科書のディレクトリ構造変更

出版段階では以下のような作業を順次行った。

           TQパブリッシャによる試作教科書のトランスパブリッシュ(出版)

           ワープロによる新教科書案の仮作成

           TQエディタによる新教科書案の作成

           TQパブリッシャによる新教科書案のトランスパブリッシュ(出版)

           新教科書案の校正

C     実験過程

1.      分析段階

a) 試作教科書の取り込み
 試作教科書のHTML形式になっているソースページ(情報A・情報B・情報C)をhttp://www.teikyo-u.ac.jp/InformationStudy/ から、著者の許可を得て実験作業用PCのローカルディスクにダウンロードする。
 HTMLファイルと画像ファイルを合わせて199本のファイルをフリーウェアの自動ダウンロードプログラムを使用して取り込んだ。
 これは、実証実験であるため、以後の作業を円滑に進めることを目的として行ったもので、作業は、直接にオリジナルのサイトへアクセスすることなく、このダウンロードしたファイルを試作教科書として使用する。

b)    試作教科書の精読
 ローカルディスクに取り込んだ試作教科書をWebブラウザ(Netscape Navigator[19])を使用して表示し、その全内容を読み、階層構成や図表との関係を確認し、さらに全体の構成の把握につとめる。

c)    試作教科書の目次作成
 オリジナルサイトにあった目次関連データをもとに、これをテキストファイル化して独自に目次情報を作成し、この目次構成要素をこれ以後の内容組み換えにおける基本単位とすることにした。例えば、以下のようになっていた場合、「1.1.1 この科目の目標」という単位が基本単位となる。
 この作業にはMicrosoftWordを使用した。図や表は画像ファイルとなってすでに独立しており、必要に応じて組み換えのときに基本単位に関連する情報として取り込む。ただし、画像の多くは関連する単位の中に<img>タグによって埋め込まれているので、図表の画像ファイルを新たに引用しなければならないケースは多くはない。

「2003年高校『情報A』テキスト」

       

1章

コンピュータネットワークの利用

 

1.1

World Wide Webの利用

   

1.1.1

この科目の目標

   

1.1.2

情報とは何か

<目次例>

d)    試作教科書の構成図作成
 対象とする試作教科書の全体像の把握を助けるためと、新教科書案の構成を考える土台として、基本単位同士のつながりをブロックダイアグラムのかたちに表現する。
 ここではMicrosoft PowerPointを使用してダイアグラムの中の要素から本文(HTML)の対応個所へのハイパーリンクが可能となるようにした。構成図は以下のようになる。

<構成図例>

2.      編集段階

a) 新教科書案の草案の作成
 新しく作成する教科書案(情報甲・情報乙)について、分析段階で作成した試作教科書の構成図を参照しながら、大きな枠組みとしての構造を定める。
 その上でさらに精密化し、組み換え対象(情報A・情報B・情報C)のすべての構成要素を検討し、必要とするものとそうでないものとを取捨選択する。
 さらに、これらの要素を、「本」であるという観点から、説明の順序など依存関係に矛盾をきたさないように、また、内容的な重複がないように配慮しつつ順序付けをする。
 「情報甲」が主として情報の理解に重点を置いた構成とし、一方、「情報乙」が情報の利用を中心とする構成とした、先述の基本的構成法にもとづいて、組み換え対象の試作教科書のどの部分が「情報甲」または「情報乙」に対応するのかをこの段階で検討する。
 この振り分け作業において、甲・乙両教科書の構成上、あるいは「本」としての整合性、内容の解りやすさなどを考慮に入れて、必要を認めた場合は同じ項目を重複して取り込むことを許すことにした。また同様の理由から、どちらの教科書案にも取り込まれない部分があっても、無理にどちらかに押し込むことなく、不採用の欠絡部分としてそのままとした。

b)    新教科書案の構成図作成
 試作教科書の全体構造を把握するために行ったのと同様の作業を、新教科書案(情報甲・情報乙)においても行い、階層関係と各要素の依存関係をダイアグラム化して全体構成を検討する。この作業は前のステップの草案作成と一部並行して進められ、ダイアグラムの見直しと編集の結果が構成案の修正にただちに反映された。

c)    試作教科書へのアンカーの打ち込み
 試作教科書を対象として引用を行う作業を円滑に進めるために試作教科書の各章・節・小節にわたる構成単位へハイパーリンクを張ることにし、この前提としてリンク先の各構成要素に(目印としての)アンカーを打っておく。ただし、画像ファイルはすでに独立して存在しているのでアンカーを打つ必要はない。このアンカーは試作教科書の構成図のリンク先としても使用される。
 HyperTransaction Systemでは、原則として引用対象には変更を加えることはしないが、本実証実験では、長大なHTMLコンテンツを対象とするため、編集や校正の便宜を考えて各Webページの先頭だけではなく、引用対象テキストの先頭へも随時ハイパーリンクでジャンプできるようにしておくことが必要であった。この作業のためにWWW上のオリジナルコンテンツではなく、ダウンロードしてコピーを使用した。
 もちろん、この作業自体は著作権上問題がある。しかし、これは作業効率を考える際、どうしても避けては通れない作業であった。このことに関しては、6実験結果分析において詳述する。

d)    試作教科書構成図のハイパーリンク化
 前のステップで設定した試作教科書内のアンカーに対して(試作教科書の)構成図の個々のブロック(構成単位の章・節・小節の見出しテキスト)からハイパーリンクを張る。これによって、構成図を見ながら試作教科書の対応する個所にジャンプすることができる。

e)    新教科書構成図のハイパーリンク化
 新教科書案の構成図のブロックからも試作教科書へハイパーリンクを張る。この、ハイパーリンクを持つ構成図を参照しながら、新教科書案の全体構成や細部についての再検討や微調整を行った。

f)     試作教科書のディレクトリ構造変更
 HyperTransaction Systemサーバへコンテンツを登録する際には、HTMLファイルやイメージファイルなどの構成要素はすべてフラットなディレクトリ構造を持つこととされている。すなわち、実証実験の個別課題ごとにひとつのディレクトリを持ち、この下にすべての構成要素ファイルを置き、サブディレクトリを持つことが許されていない。
 一方、オリジナルの試作教科書は3冊の教科書(情報A・B・C)ごとにディレクトリを持ち、さらにイメージファイルをその下のサブディレクトリに置いていたり、あるいは、章ごとにサブディレクトリを設けていたりする。これは、試作教科書自体の製作者が複数名おり、それぞれのやり方で製作しているためである。
 このため、引用の対象としての試作教科書をHyperTransaction Systemサーバにあらかじめ登録(トランスパブリッシュ)するにあたって、そのディレクトリ構成を変え、サブディレクトリを持たないフラットな構造に修正する必要があった。同様に、ディレクトリ構成を変更したため、オリジナルのディレクトリ構成を前提とするコンテンツ内のハイパーリンクはすべてフラットな構造を前提とするハイパーリンクとなるように、リンク先を変更する必要もあった。
 新教科書案も、これにならいフラットなディレクトリ構成として作成し、htmlファイルやイメージファイルなどのすべての要素はひとつの親ディレクトリの下に置いた。
 しかし、これも先述したアンカーのときと同様、著作権上問題がある。だが、現時点のHyperTransaction Systemの仕様においては、仕方のないことであるため、改変を行った[20]

3.      出版段階

a)    TQパブリッシャーによる試作教科書のトランスパブリッシュ
 オリジナルコンテンツとしての試作教科書をHyperTransaction Systemサーバに登録する。
 登録したファイルの内訳は、

  HTMLファイル                                                 18本
  イメージファイル(GIFファイル)                169本
  イメージファイル(JPEGファイル)               11本
  CSSファイル                                                    1本

 である。
 登録にあたって記入した許諾情報は次の通りである。
 これらはすべて仮の情報である。

   著者 情報処理学会
  出版日 1999112
 公開期限     200911
  使用料     0円/文字

b)    ワープロによる新教科書案の仮作成
 本実証実験では多数の引用と大量のコンテンツを使用しているため、HyperTransaction Systemサーバに接続してオンラインで一気に登録(トランスパブリッシュ)を行うのは作業ミスの回復や作業時間の短縮の観点から望ましくないと判断し、事前に市販のワードプロセッサー(MicrosoftWord)を使用してコピーアンドペーストにもとづく編集によって1本の通常文書ファイルとして、新教科書案を作成することにした。
 これは「仮製本」にあたる処理で、このWord文書を閲覧することによって、構成図や目次レベルでは判断しにくい、本としての「流れ」の円滑性を検証することができる。ワープロによる文書の作成時に試作教科書から非順次的にテキストや図をコピーして貼り込む(コピーアンドペーストする)際に、ハイパーリンク化された構成図が有効に利用された。この段階でも、仮作成されたWord文書の通読を通して新教科書案についての再検討とそれによる微調整が行われた。
 また、元々つながりのなかった構成要素同士が連続になっている場合、「本」としてそれらをつなげる必要があるため、構成要素と構成要素の間に、接続するための文を入れることもあった。それは、クォーテーションマークで挟まれていない、「地」の部分に作成した。

c)    TQエディタによる新教科書案の作成
 新教科書案の「情報甲」では137個所の、また同「情報乙」では106個所の引用(トランスクォーテーション)がなされている。
 ここでは、図や表は直接引用するのではなく、HTMLテキストの中でイメージの取り込みとして表現されているものを基本的にはそのまま利用した。
 TQエディタによる引用作業は、本来複数個の引用を可能としているが、このように100個所以上に及ぶ引用を一度に行うとシステムの負荷が過大となり、また、作業ミスの回復も困難である。
 このため、本実証実験では、次の手順を踏んだ。
 1.「引用(トランスクォーテーション)の個所ごと」にTQエディタを起動して
   単一の引用(トランスクォーテーション)用のHTMLファイルを作成する。
   このファイルには、引用箇所を指し示すタグと、その内容に関する若干の説明
   があるのみである。
 2.これらのタグをテキストエディタを使用して、新教科書案の構成順序にした
   がって配置し、一本の最終的なHTMLファイルとした。
 また、この段階の作業で、オリジナルコンテンツ中で、ハイパーリンクによってではなく、指示代名詞等によって他の部分を指している個所に関する処理を行った。それは例えば、「前節で説明したように…」等の表現である。これらに対しては、

 (註) 前節とはXXXを指す

 という形式の註をその都度挿入して、混乱を回避した。
 もちろん、これらの註は、クォーテーションマークに挟まれていない、「地」の部分に記述した。

d)    TQパブリッシャーによる新教科書案のトランスパブリッシュ
 最終段階として、前項の作業で作成した「情報甲」及び「情報乙」の2本のHTMLファイルをTQパブリッシャーを使用してHyperTransaction Systemサーバに登録した。
 このときの許諾情報は次の通りである。これらはすべて仮の情報である。

著者             実証実験高校情報教科書サブグループ
出版日            1999112
公開期限        200911
使用料            0円/文字

e)    新教科書案の校正
 登録(トランスパブリッシュ)された新教科書案「情報甲」及び「情報乙」をWebブラウザを使用して校正をした。このときに発見された問題は、オリジナルでは矛盾なく存在していたハイパーリンクのリンク先がディレクトリ構成の変更等によって行き先を失なっているケースで、リンク先がオリジナルサイトの内部である場合がこれにあたる。
 これらを検出して、すべてに対して(ディレクトリ構成変更後の)正しい相対アドレスに書き換える作業を行った。
 以下の図は完成した新教科書案「情報甲」と「情報乙」をWebブラウザで表示したものの一部である。

<図:本研究用に作成したインデックスファイル>

<図:情報甲の一部>

<図:情報乙の一部>

6                実験結果分析

@     評価

ここでは、引用(トランスクォーテーション)を主体とする「本」(HTML形式)のオンライン出版が妥当な期間と負担で実行できるかどうかを検証する。

本研究において、引用(トランスクォーテーション)の対象として使用した試作教科書(情報A・情報B・情報C)は、全部で199本のファイルから成り、合計ファイルサイズは2,255,112バイトである[21]

これに対し、新しく作成して登録(トランスパブリッシュ)した新教科案(情報甲・情報乙)は、それぞれ137個所と106個所、合計243個所の引用(トランスクォーテーション)によって構成されている。しかし、引用によって構成されているため、ファイルサイズは小さく、登録(トランスパブリッシュ)の際にも、時間がかからない。

そして、本実証実験に要した総作業時間は3人の分担者で延べ227.6時間であった。内訳は下の表のようになった。その次の図は各作業時間をグラフにしたものである。

作業タスク名

時間

回数

使用ソフトウェア

内容

ソースページ取り込み

0.5

1

フリーウェア

WWW上から情報A、B、Cを取込む

情報A、B、Cの精読

40.0

1

Netscape Navigator

A、B、Cの内容把握

情報A、B、Cの目次作成

1.0

3

Microsoft Word

目次のみの作成

情報A、B、Cの構成図作成

3.0

3

Microsoft Powerpoint

矢印により関係を図示

情報甲、乙の草案作成

80.0

3

 

甲、乙の構成案の作成

情報甲、乙の構成図作成

5.0

2

Microsoft Powerpoint

関係図の新規作成

情報A、B、Cの
アンカー作成

1.0

3

Macromedia DreamWeaver

A、B、Cの本文にアンカーを打つ

情報A、B、Cの
ハイパーリンク作成

0.1

3

Microsoft Word

A、B、Cの構成図から本文にリンクを張る

情報甲、乙の
ハイパーリンク作成

4.0

2

Microsoft Powerpoint

甲、乙構成図からA、B、Cへリンクを張る

情報A、B、C、甲、乙の
リンク修正

0.5

5

Macromedia DreamWeaver

A、B、Cのディレクトリ構造を変更

情報A、B、Cの
TQPublish作業

1.5

3

HTS TQPublisher

HTSサーバに全ファイルアップロード

Publish作業のバグ対処

1.0

1

HTS TQPublisher

一部ファイルが表示不可(c-2.html)

情報甲、乙のWord版作成

3.0

2

Microsoft Word

ワープロによる完成イメージの試作

情報甲、乙のTQEdit作業

6.0

2

HTS TQEditor

トランスクォーテーション作業

情報甲、乙のTQPublish作業

3.0

2

HTS TQPublisher

甲、乙のHTSサーバへのアップロード

情報甲、乙の校正作業

4.0

2

Microsoft Word

引用作業中の不具合を修正

評価作業

75.0

3

 

実証実験全過程の評価と考察

<表:作業時間の内訳>

<グラフ:作業時間の内訳>

このうち、評価作業を除く総作業時間は152.6時間であった。さらにそこから、「情報A、B、Cの精読」と「情報甲、乙の草案作成」という、いわば「新教科書の構想」のために要した120時間の思考時間を除けば、32.6時間が本実証実験における、純粋な引用(トランスクォーテーション)と登録(トランスパブリッシュ)という中心となる作業の所要時間であると考えることができる。

「情報甲」、「情報乙」の総引用数が243個所であるので、1引用あたりの平均作業時間として「83秒」と計算できる。

作業を全体として見るならば、出版する本のおおまかな構成案が得られているという条件下では、2冊の教科書を延べ30時間余りで完成することが可能である。

この、32.6時間という作業時間は、これと同様の作業(長大で複雑に絡み合った元の素材を組み換えるという作業)を、通常のテキストエディタまたはHTMLエディタによって、カットアンドペーストやコピーアンドペーストの繰り返しで実施することから予想される作業時間と、それほど大きな違いはない。

しかし、HyperTransaction Systemを利用することによって、この実作業時間以外の、著作権問題の解決という煩瑣な作業は必要がなくなる。このことがもたらす利益は非常に大きい。また、時間的利点だけでなく、著作権問題が解決されていれば、より多彩な表現も可能となる。

 先述した、従来の教科書及び現場による教科書作成が持つ問題点を、ここで再び挙げると、

1.    著作権問題

2.    作業の煩雑さ

3.    変化に対応できない

 であった。

 HyperTransaction Systemでは、ここまで見てきたように、12に関しての解決案を提示している。

 それでは、3についてはどうか。

 変化には、

@    個別変化

A    空間的変化

B    時間的変化

 の3つがあると、先に述べた。

 HyperTransaction Systemを用いることによって、容易に、その場所、その個人に応じた教科書を作成することが可能である。@の個別変化、Aの空間的変化に対する解決は、達成できていると言える。

 では、Bの時間的変化についてはどうか。

 HyperTransaction Systemは、オリジナルコンテンツが、引用側から「透けて見える」のが特徴である。つまり、Webページを表示する際に、その都度、ダイナミックに引用しているのである。即ち、オリジナルコンテンツに変化があれば、それはそのまま引用側にも反映されるのである[22]

 引用の仕方の違いについて、以下に3つの例を示した。これらを比較すると、HyperTransaction Systemの「時間的変化」に対する有用性が、より一層明確となる。

  引用1:コピーアンドペーストによる引用

  引用2URLのみの表示による引用

  引用3HyperTransaction Systemによる引用

 1は、最もよく用いられている引用方法である。しかし、これでは、オリジナルコンテンツに変化があった場合、まったく対応できない。つまり、静的な状態にあり、オリジナルコンテンツを引用しながらも、オリジナルコンテンツとは切断されている。

 2は、URLのみの表示であるため、そのURLをクリックすれば、オリジナルコンテンツを参照できる。これならば変化に対応できるが、実際にURLのみが表示されていても、一見して何が引用されているのかわからないという問題がある。

 3は、以上12の問題点を吸収し、利点だけを併せた引用方法である。つまり、オリジナルコンテンツの変化に対応しつつ、その引用した内容の表示もダイナミックに変更可能なシステムなのである。ただし、この時間的変化に対応できない場合もある。それについては、次節で詳述する。

 こうして、従来の教科書及び現場による教科書作成が持っていた問題点は、HyperTransaction Systemによってすべて、解決可能であることが示された。

 しかし、HyperTransaction Systemにも問題がないわけではない。HyperTransaction Systemを利用することによって、新たな課題が生じている。それについて、述べる。

A     今後の課題

今後の課題として、大きく分けて、二つの側面が考えられる。一つは、HyperTransaction Systemのシステムとしての課題、そしてもう一つが、教科書作成における課題である。

まず、本実証実験の経験を踏まえて、HyperTransaction Systemが実用段階において普及するために考慮すべき点として、以下のようなことが挙げられる。

    多数かつ大量の引用(トランスクォーテーション)のために、許諾情報のような同一情報の繰り返し入力に対して自動実行の能力を有することが望まれる。
(本実証実験においては、言語入力システムに付属している辞書機能に登録することによって解決した。)

    引用されるオリジナルコンテンツにおいて引用しようとする個所を的確に見い出すための検索機能の充実が有効であると考えられた。
あるいは、オリジナルコンテンツの原著者自身に、アンカーを埋め込んでおいてもらうか、章や節ごとに別ファイルとしてもらうという方法も考えられなくはないが、汎用性に乏しい。
(本実証実験においては、アンカーを埋め込むという方法を取った。)

    CSS(カスケーディング・スタイル・シート)によって階層的にスタイルを指定したコンテンツの場合、下位の一部分を抜き出すことによって表示スタイルがオリジナルと変わってしまうケースがあった。次項とも関連して、一般に有機的な結合度の強い、「本」のような形式のコンテンツについての有効な処理法の確立が期待される。
(本実証実験においては、解決法が見出せず、表示だけの問題ではあるが、オリジナルコンテンツとの差異が見られた箇所である。)

    「本」形式の有機的な構造を持つコンテンツでは、その内部において相互参照が多く見られる。また、参照はハイパーリンクだけでなく、「前節で述べたように」などの言語による指示表現によって行われることも多い。このようなコンテンツから部分的な抜き出しによって組み換えを実行すると参照先を失なう結果を引き起こす可能性がある。
(本実証実験においては、ハイパーリンクであれば、リンク先を手動で変更し、指示代名詞などの言語による参照は、テキスト形式で註を入れて解決した。

 次に、教科書作成における課題である。

 まず、HyperTransaction Systemの仕様とも大きく関わってくる問題で、時間的変化に対応できないものがあるという点である。本来著作権管理システムとして構築されたHyperTransaction Systemでは、一度登録(トランスパブリッシュ)したものは、著作権の有効期限以内は変更されないという前提であった。つまり、元々の仕様では、登録されたデータが変更されるということを想定していない。そのため、画像ファイルなどの、引用する側もそのファイルそのものを引用する場合には問題ないが、テキストファイルなどで、その文章の一部を引用している場合などに問題が発生する。

 それは、HyperTransaction Systemでは、オリジナルコンテンツの任意の場所を指定する際、ファイルの先頭からのバイト数で指定するので、オリジナルコンテンツの文章自体に改変が加えられると、指し示していた任意の場所のバイト数が変更されてしまい、その結果、指定する位置がずれてしまい、正しく引用されないという問題が起こる。

その問題に対しては、HyperTransaction Systemサーバの仕様を変更しないという前提であるなら、例えばHyperTransaction Systemサーバに登録する際に、引用する文章単位ごとにファイルを分け、引用する際には、そのファイルごとに指定する形式にするなどの工夫が必要となる。登録を行う原著者側の、引用による利用を前提とした配慮が求められる。

 しかし、教科書作成のプロセスにおいて、著作権上、問題が生じるものの多くは画像であり、それに関してはHyperTransaction Systemは問題なく対処できる。

 だが、抜本的な改善策がないのも事実で、今後のシステムの開発において解決される必要がある、重要な課題の一つである。

 次に、よりコンテンツに関わる問題であるが、先述したように、従来の教科書及び現場による教科書作成が持っていた問題点は、HyperTransaction Systemを用いることによって解決が可能であるということが、本実証実験を通して明らかになった。

 しかし、HyperTransaction Systemを用いることによって生じる新たな問題がある。

 それは、コンテンツの質の確保、という問題である。

 HyperTransaction Systemを用いて教科書を作成するのは、現場の教師たちである。元々教科書を作成していたのは、専門家である。この差は大きい。ここで、コンテンツの質といったとき、二つの質を考えることができる。

 それは、

    コンテンツに利用する素材の質

    コンテンツを作成する方向性の質

 である。

 これまで、情報教育は様々な形で行われてきたが、その中でも多かったのが、インターネットを利用した教育であった。そこでは、インターネットから情報を収集し、分析し、発信するという段階で学びが行われていたのだが、そこで問題になったのは、「情報の選択」である。

 インターネット上には、正確な情報から曖昧な情報、場合によっては虚偽の情報まで含まれる。それらをどのように選択していくか、ということが一つの問題となった。

 これは、コンテンツ製作においても同様のことが言える。

 如何にコンテンツを製作する環境が整ったとしても、コンテンツに利用する素材に曖昧な情報や虚偽の情報が含まれていたのでは、結果として出来上がったものの質を下げてしまうことになり、教育の質そのものも低下させる。

 一方、コンテンツを作成する方向性の質とは、教師自体の質と言い換えても良い。

 コンテンツ作成の環境と、コンテンツに利用する素材の質が整っても、それを使い、素材を選び取る教師に能力がなければ、決して良質なコンテンツはできてこない。また、教師の理解が誤っていれば、出来上がったコンテンツも誤ったものとなる。

 これらの教科書作成に関わる問題をどのように解決すべきか、次に述べる。

7                提案

HyperTransaction Systemを用いることで、従来の教科書及び現場による教科書作成が持つ問題を解決できるが、

1.      コンテンツに利用する素材の質

2.      コンテンツを作成する方向性の質

という2つの新たな問題が生じてしまうということが、実証実験を通して明らかになった。

それでは、これらの問題を解決するためにはどうすれば良いのか。

まず、コンテンツに利用する素材の質に関する問題の解決には、HyperTransaction Systemサーバを「素材データベース」として位置付けることを提案する。

これまでは、インターネット上の玉石混交の素材の中から、選択し、使用してきたわけだが、HyperTransaction Systemサーバの中に、厳選された素材データベースを用意し、そこから選び出し、教科書を作成するのである。

また、そこには、ERICEducational Resources Information Center[23]のように、指導案もデータベース化されていることが求められる。もちろん、これは引用の対象ではなく、あくまでもコンテンツの質を高めるための参考例としてのデータである。

指導案をもデータベース化することで、もう一つの問題、コンテンツを作成する方向性の質も高めることが可能となる。指導案のデータベースが充実していけば、より良い授業が全国的に展開されるようになるだろう。また、アメリカの例で先述したが、教科書において、記述された文章の質というのは、非常に重要である。授業中の口頭での説明も同様で、「解りやすい表現・例」というものが存在する。その一言で疑問が氷解する、理解が進む、という言い回しというものが存在するのである。教師は、ただ単に事実を伝えればよいというものではない。そのため、指導案と同様に、そのような解りやすい表現や例といったものも、データベース化されることが期待される。

そして、それらの素材や指導案を検索するシステムの実装が求められる。教科ごと、分野ごと、あるいは用語、学年、地方など、多岐にわたってカテゴライズされた検索システムが必要である。

一方、コンテンツを作成する方向性の質を高める方法として、指導案のデータベース化のほかに、ガイドラインの明確化、が上げられる。

それぞれの学校で教師が独自に組み上げる教科書は、その場所、その生徒、その時にあった適切な教科書が作られる可能性が高いが、その反面、全てを自由に任せてしまうと、最低限の質が保証されない可能性がある。それを未然に防ぐために、必ず入れるべきものの明示をし、ある程度の方向性を示すようなガイドラインを作成することで、自由度と質のバランスを保つのである。それは、テンプレートのような形でも良い。

このように、素材の質、方向性の質を確保すれば、現場の教師に自由度を与えても、必ずある程度の質の教科書は出来上がるはずである。これからの教育では、そのような、質と柔軟性を兼ね備えた教科書が求められるのである。


第五章    おわりに

              1            まとめ・今後の課題

本研究では、現在の情報教育の状況を、特に教材、教科書という観点から調査、分析し、転換期を迎える教育がこれから目指そうとしているものを把握した結果、教科書に大きな問題があることが明らかにした。そして、その問題を解決するためには、現場の教師自らがその場所、その生徒、その時に適した教科書を作成する環境が必要であると考え、その一つの手段として、HyperTransaction Systemという著作権管理システムを、教科書作成システムとしての使用が可能であるかどうか実験し、その有用性と改善点、また、今後の発展について考察した。

しかし、これは、コンテンツである。HyperTransaction Systemはコンテンツを作るための仕組みであるし、HyperTransaction Systemを用いて作られたものは、あくまでもコンテンツでしかない。

つまり、学習者に提示するためのコンテンツの質を高め、これからの教育に適したものにしていくということを、本研究では行ったわけだが、これは、学びの対象となる「内容」でしかなく、その「提示の方法」にまでは踏み込んでいない。

 確かに、HyperTransaction Systemを用いることで、電子化教科書は、質の高い、現場適応型のものを作成できる可能性があることが解った。

 しかし、電子化教科書とは、教科書を単に電子化したものではないはずである。Webに発行すれば、それで終わりというものではない。また、マルチメディアであれば良いというものでもない。

 教科書を電子化することで、質の高さや現場適応型と並んでメリットとなるのは、「双方向性(インタラクティブ性)」である。

 質の高さ、現場適応型という要素は、学びの対象となる「内容」に関わることであるが、双方向性は、まさに「提示の方法」と関わる。

 如何に内容が良くても、適切な形で提示されなければ、学びはより良いものにはなり得ない。ただ単に提示されるだけでは、これまでと同じ、受容型の学びでしかない。

 現在注目されているシステムに、Web-Based Trainingシステムというものがある。コンテンツの提示とともに、掲示板やメーリングリストのシステムなどを容易に実現するものである。このシステムにより、コンテンツからただ内容を受け取るだけではなく、掲示板などを用いることで、教師と生徒、あるいは生徒と生徒の間の双方向性をも可能にし、コミュニケーション、共同学習などを促すことも可能となる。

 だが、これでもまだ、足りない。さらに求められるのは、システム(コンピュータ)との双方向性、そして、自分との双方向性である。

 システムとの双方向性とは、例えば何らかのボタンを押すと、動画を見ることができる、別のボタンであれば、音を聞くことができる、あるいは何らかのアプリケーションソフトが起動する、などというように、学習者の行動に応じて、システムが挙動することである。この際、重要になるのは、インターフェースである。より解りやすく、より見易いインターフェースであり、それに対して学習者がアクションしたときに、返ってくる反応を現しているようなインターフェースでなければならない。

 このようなシステムとの双方向性を実装すれば、ただ単に眺めるだけ、という教材ではなくなる。それは働きかけることによって、どこまででも拡張していくような教材である必要がある。そのためには、インターフェースの明確化だけでなく、学習者の自由を許した、制限のない双方向性も必要となる。多くの既存のシステムでも、ここまで述べてきたような、音が鳴ったり別のソフトウェアが起動したりということは行われてきたが、学習者の行動にはかなりの制限があり、自由度はそれほど認められていない。特に、学校教育で用いられているシステムの多くは、本来のコンピュータの機能の中のいくつか以外は、徹底して隠されるように設計されている。学習者の自由な行動を可能にするようなシステムの、より一層の充実が求められる。

 そして、自分との双方向性とは、現在自分が学びのどの段階にいて、これから何があって、どのような目標があるのか、といったことが解ることである。今の教育では、学習者の多くが、自分の今いる段階・立場・状況を見失っていたり、これから先のことに目を向けずにいたり、あるいは目を向けられなかったりしている。また、学習者が特に疑問に思うことが多い点は、「今、それを学ぶことに何の意義があるのか」ということである。ここで重要になるのは、ナビゲーションである。

 ナビゲーションシステムにより、現在の自分の状況や目標が把握でき、また、以前に学習したこと、これから学習することなどが段階的に目に見えるようになれば、自分の状況がすぐに、そして正確に把握でき、学びにおいて非常に重要な要素となる。これは、自分との対比であり、決して他者との比較ではない。集団の中での順位付けなどではなく、個性を重視する方向に教育が転換していく今、学習者自身が、自分の目指すものを明確にし、現在の自分との対比の上で学習していくことが望まれている。学びの意義や自分の位置が明確になることは、内発的動機づけ[24]の観点から見ても、学びにおいて非常に有効である。

 以上のような、見易さ、使いやすさ、理解しやすさなどというものは、学びの質を高めていくことにおいては、すべて相関関係にあり、そのため、教材において求められるものは、

    内容(コンテンツ)の質の向上

    コミュニケーション、共同学習の補助機能の充実

    インターフェースの明確化・精緻化

    ナビゲーションの明確化・精緻化

 である。

 本研究においては、内容(コンテンツ)の質の向上に重点を置いたが、今後の展開としては、掲示板やメーリングリストに代表されるような、コミュニケーションや共同学習を実現するための補助機能を充実させること、そして、インターフェース、ナビゲーションの明確化・精緻化による、双方向性の充実に関する研究が最重要課題となる。そのため、現在、Web-Based Trainingに関する研究に着手し始めたところである。

-


□謝辞

 何とか無事に論文を書き上げて、改めて研究を振り返ってみると、実に多くの方々のご協力があって、本研究が成り立っているということに気づかされます。

 まず、文学部からまったく畑違いの政策メディア研究科に来た私を快く受け容れてくださった大岩先生に感謝いたします。

 教育という共通項はあれど、満足にプログラムも書けないような私を、ここまで導いてくださいました。本当に、ありがとうございました。

 何度もご迷惑をおかけし、そのたびに厳しいお言葉をいただいてきましたが、そのおかげで、今の私があると思っています。

 また、そのような私を、同じく快く受け容れてくれた研究室の皆さん、ありがとうございました。優れた制作能力を持つ皆さんと議論することで、制作側の考え方などに触れる、貴重な体験を得ることが出来ました。

 そして、本研究の中核をなすHyperTransaction Systemプロジェクトの皆様には、途中からの参加となる私を、実証実験グループの一員として加えていただき、感謝しております。その参加がなければ、この論文もありえなかったわけですから、感謝しても仕切れません。

 その、HyperTransaction Systemプロジェクトのときだけでなく、その後の教科書作成の仕事のときにも、最もお世話になった、冨樫さん、ありがとうございました。仕事面でもさることながら、何よりも、幅広い知見、思考への刺激を与えていただいたことに感謝しています。あの経験は、大学院に在籍していた中でも、最も大きな影響を受けた経験の一つでもありました。

 本研究の論文を書くにあたって、その書き方、思考の進め方の一つの大きな指針となったのは、学部時代の指導教授である前田先生のご指導でした。今更ながら、改めて感謝いたします。

研究中、あるいは論文執筆中でも、快適な環境を提供してくれた家族にも、感謝します。また、研究や執筆で忙しく、固定したときにしか来れない私を慕ってくれた、あるいは励ましてくれた生徒のみんな、どうもありがとう。その笑顔に、何度も救われました。

最後に、本研究において、最も力強い協力者であり、また議論の相手でもあった北君、どうもありがとう。本当に、助かりました。

 その他にも、大学の事務の方々や国立教育研究所の方々など、多くの方に助けられました。この場を借りて、感謝いたします。

 ありがとうございました。

2001116日 自室にて。

吉場慎二


□参考文献

    文部省関連事項、諸発表など:http://www.monbu.go.jp
または、省庁再編により文部科学省http://www.mext.co.jp

    文部省「高等学校学習指導要領解説 情報編」, 開隆堂出版, 2000

    財団法人教科書研究センター「新しいメディアに対応した教科書・教材に関する調査研究-平成8年度文部省調査研究委嘱-, 1997

    山形積治(北海道教育大学情報教育プロジェクト)編著「学校教育の情報化指針-コンピュータ導入により学校教育はどのように生まれ変わるか-, 教育出版, 1995

    坂元昴編著「日本のコンピュータ教育を拓く これがコンピュータ教育だ 世界のカリキュラム・実践-, ぎょうせい, 1987

    東京書籍株式会社研究開発室編「シンポジウム 教育メディアの原点と未来 国際化・情報化・個別化に向けて-, 東京書籍, 1991

    林紘一郎・牧野二郎・村井純監修「IT2001 なにが問題か」, 岩波書店, 2000

    山口榮一編「21世紀コンピュータ教育事典事典」, 旬報社, 1998

    財団法人才能開発教育研究財団編「IMETS メディアと授業改善の理論と実践をつなぐ」No.138, 財団法人才能開発教育研究財団, 2000

    山田達雄ほか「インターネット利用の教材及び教育方法の開発 平成910年度文部省科学研究費補助金(国際学術研究)研究報告書」, 国立教育研究所, 1999

    教育情報科学研究会「情報教育に関する海外実態調査研究」, 国立教育研究所, 1997

    国立教育研究所「インターネットの教育利用に関する基礎的研究」, 国立教育研究所, 1997



[1] 教育改革国民会議:平成12324日、内閣総理大臣決裁により、「教育改革国民会議について」が発表された。その趣旨は、「21世紀の日本を担う創造性の高い人材の育成を目指し、教育の基本に遡って幅広く今後の教育のあり方について検討するため、 内閣総理大臣が有識者の参集を求め、教育改革国民会議を開催することとする。」とある。

茨城県科学技術振興財団理事長である江崎玲於奈氏を座長とし、合計26名の有識者によって構成される。ジャーナリストから大学教授、大学学長、企業会長、PTA理事、劇団代表、薩摩焼宗家十四代など、実に「幅広く」有識者が参加している。

[2] この結論に至る過程の詳細は、第四章において、詳述する。

[3] 第四章において、詳述する。

[4] CMIComputer Managed Instructionの略。生徒用ではなく、教師用のシステムで、生徒の成績管理や採点、結果分析などが可能。また、正誤状況や学習時間などの履歴も取ることが出来る。

[5] Web上で学習するためのシステム。掲示板やメーリングリストなどを備えるものもある。

[6] CAIComputer AssistedAidedInstructionの略。教育用ソフトを総称することもあるが、ここでは便宜上、ドリル型(出題された問題に学習者が答えると、その正誤の判定をし、次の動作をするもの)と、シミュレーション型(主に理系教科に用いられ、物体の運動などをシミュレートしたもの)に限定する。

[7]エデュテイメント:EducationEntertainmentを併せた造語。遊びの要素が加わった教育用ソフトである。エデュテインメントと表記することもあるが、ここでは、エデュテイメントとする。

[8] バーチャル・エージェンシー:平成1012月、省庁の枠を超える問題が多くなってきたことに対し、既存の省庁の枠組みにとらわれない新たな推進体制として、内閣総理大臣直轄の省庁連携タスクフォース「バーチャル・エージェンシー」が設けられた。「教育の情報化プロジェクト」は、文部省・通産省・郵政省・自治省・内閣官房から構成される、バーチャル・エージェンシーの4つのプロジェクトの一つである。4つのプロジェクトとは、自動車保有関係手続のワンストップサービスプロジェクト、政府調達手続の電子化プロジェクト、行政事務のペーパーレス化プロジェクト、そして、教育の情報化プロジェクトである。

[9] 提出された予算は、22000万円。開発側の予算は、一件あたり1000万から3000万円である。

[10] 現在、開発初年度であるため、実際にどのようなコンテンツが開発され公開されてくるかは解らない。だが、研究の方向が、ハードウェア面の充実から、ソフトウェア面の充実へと移行していることは確かである。

[11] プロフェッショナル・デベロップメント:教員の再教育のこと。教科書や教材にそのまま従ってしまう状況を打開するために、教員を再教育する、という動きがある。が、予算の問題や教員に時間がないなどの理由で、未だに円滑に進んではいない。

[12] 厳密には、教育改革は、臨時教育審議会(昭和59年〜62)4次にわたる答申、また、それを受けての、昭和6210月に閣議決定された「教育改革に関する当面の具体化方策について─教育改革推進大綱─」が始まりとなる。臨時教育審議会の最終答申においては、3つの原則として「個性重視」、「生涯学習体系への移行」、「国際化・情報化など変化への対応」が挙げられており、現在進められている教育改革は、基本的にはこれを社会の変化等に対応させつつ行っているものであると言える。

[13] http://www.edu.ipa.go.jp/E-square/

Eスクエア・プロジェクトとは、文部省及び通商産業省が平成6年度から実施してきた、学校に情報環境を導入して自由な活用と情報化の推進を促すという「100校プロジェクト」及び「新100校プロジェクト」を受けて、「100校プロジェクト等のノウハウの提供・展開支援」、「教育関係者が参加し相互に貢献し、高めあえる場の提供」及び「情報技術を活用した先進的な教育手法の実証」の3点を柱としたプロジェクトである。

[14] http://HyperTransaction System.iprs.sfc.keio.ac.jp/nelson/tpubsum.htmlにおいて、述べられている。

図:HyperTransaction Systemのイメージも同様に、Ted NelsonWebページに掲載されているものである。

[15] (財)ソフトウェア工学研究財団, 1998, Akahori.K., etal, 1998

4コマ漫画を用いたのは、言語教育は文脈をふまえる必要があるためと、動画配信を行うには、まだ通信インフラが整っていないため、という二つの理由から考案された。

日本語教育用漫画データベース:http://www2.ak.cradle.titech.ac.jp/Rise/top.htm

[16] IMETS 2000 No.138 P.24-27

[17] 実際には、情報ABCのすべてを設置し、選択可能な体制を整えることは現段階では難しく、多くが情報Aを設置し、その上に、B、あるいはCを設置するようである。

[18] 学習指導要領自体が重複することを前提としているため、このような事態が起こったと考えられる。学習指導要領には、『(情報A、情報B、情報Cの)3科目いずれも、「情報活用の実践力」、「情報の科学的な理解」、「情報社会に参画する態度」を育成できるように構成してある』との記述がある。つまり、例えば情報Aであれば、情報活用の実践力を中心として教えながら、情報の科学的な理解も、情報社会に参画する態度も、教えるということになる。このような要請から、教科書においても、3科目の間で重複が見られるのである。

[19] 現時点のHyperTransaction Systemの仕様上、Netscape Navigatorでなければ閲覧できない。InternetExplorerを使用すると、正確に表示されない。また、その際、HyperTransaction Systemサーバをプロキシサーバとして設定する必要がある。HyperTransaction Systemサーバは慶應義塾大学内の研究室に設置されている。

[20] 当然のことであるが、ここで行った改変は、あくまでもHTMLタグのレベルの話であって、文章に関しては一切改変を加えていないことは言及しておく。

[21] 添付資料を参照のこと。

[22] これは、現時点では画像ファイルなど、単一のファイルとして存在するものに限られ、テキストファイルの中の一部などを指定する場合、正確に反映されないことがある。これについては、Aにおいて後述する。

[23] http://www.accesseric.org/home.html

アメリカ国立教育図書館が提供するデータベース。文献情報を中心に広範囲の専門的な情報を提供する他、膨大な量の指導案が蓄積され、自由に検索、参照できるようになっている。また、指導案などで質問があれば、担当者が蓄積されたFAQから解答し、それ以外の質問であれば、専門家が答えてくれるようになっている。

[24] 興味、好奇心、向上心や達成欲などの感性動機、好奇動機、操作動機、認知動機などといった、学習活動それ自体によって動機づけられることである。逆に、賞罰や競争などによって動機づけられることを、外発的動機づけという。