「PC Work!」 95年2月号 日本キーボード物語

キーボードをマスターするには  

大岩 元   



前回はキーボードがわずか3時間で覚えられるという話をした。今回は、そのためには何に注意したらいいのかについて解説するが、その前に、キーボード以外の入力方法についても概観して、本当にキーボードを覚える価値があるかを明らかにしよう。

手書き入力はものになるか

最初の段階としては手書き入力であろう。近頃はペン・コンピュータが売り出されたり、手帳代りのザウルスのような製品も出てきた。

ペン入力は手で文字を書く伝統を忠実に生かした、理想の入力に思える。しかし、弱点は入力速度である。キーボードでタッチ入力ができれば、最終的にはしゃべる速度とほとんど同じ速度で入力できる。

そんなに速く入力する必要はないとタッチ入力のできない人は考えるかもしれないが、速く入力できるようになると、遅い入力は我慢できなくなる。

その上、ペン入力では書き方に相当気を使わないと、認識してもらえない。コンピュータに空わせて、文字の書き方を変えなければならなくなるかもしれない。

ペン入力の良い点は、位置の指定がマウスを使うより楽な点で、文字も書けるのは、おまけのように考えな方がよい。ちょっとしたメモを書くのに、いちいちキーボードに手を移すのは面倒である。こうした場合に手書き入力もできるとありがたい。

音声入力はものになるか

入力速度が速いという点では、音声入力が有望である。しかし、これは未完成の技術であって、しゃべったことがすぐに文字になるという訳にはいかない。ほとんど夢の技術といってよい。

現在可能なのは、あらかじめ定められた一定語数の単語の認識である。したがって、コンピュータに命令するだけなら、現在でも十分に実用になる。あまり普及していないのは、声を出すと周囲がうるさいのと、まだ誤認識が多いからであろう。

誤認識をさけるには、はっきり発音する必要がある。これは、やっている内に案外簡単にできるようになるかもしれない。マウスを使うより楽なので、これから普報する可能性もある。

しかし、コンピュータが認識できるのは、百語程度である。話者を特定すれば、この数は千語位にはなるであろう。しかし、これではワープロ入力として使うわけにはいかない。そして、これが技術的に可能になるには、まだまだ多くの根本的な問題を乗り越える必要がある。

もう一つ問題なのは、技術的な問題が解決されたとしても、人間の方がしゃべり続けるとくたびれてしまう点である。アナウンサーでも1日4時間程度しゃべると、それ以上はのどがまいってしまうそうだ。この点キーボードは、1日8時間たたいてもほとんど問題が無い。キー入力で問題となるのは目の方である。これについては、この連載でもう1度とり上げてみるつもりである。

見ないでキーが打てるようになる打ち方

キーボードも、キーを見て打っていたのでは、目がくたびれてしまう。キーを見ずに打つ所に、キーボードの良さがある。

見ないで打つには、キーを打つ指使いを一定にしなければならない。図に示すように、使う指は決まっている。見て打つのであれば、指使いを守る必要はない。

このように、一定の指使いを続けるために、左右それぞれ4本の指を置く基本位置が決まっている。これをホームポジションという。ここに指を置いて、[A][S][D][F][J][K][L][;]の8つのキーをたたいてうまく入力できれば、キーボードをマスターすることができる。

チンパンジーにキーボードを教えられないかと考えた事があるが、これは無理であることが分かった。チンパンジーの場合、指が独立に動かず、1本の指を動かすと、となりの指も一緒に動いてしまう。これではキーを見ずに文字を入力するわけにはいかない。

ところが、人間の場合も指を使わないでいると、段々チンパンジーに近づくようである。相応の年になるとその人の生活・習慣によっては、指を動かすことがほとんど無いために、指を1本だけ動かすことがうまくいかない人も出てくる。こうした人々の場合には、チンパンジーから人間にもどるのに、少し時間がかかるようである。

このように年令によっては個人差が大きいが、それでも正しい練習を行えば、10時間以内には英字キー26個と[,][.][/][;]の4つの記号を打てるようになるはずだ。

ホームポジションでキーが打てたなら、これを他のキーの場合に応用するのは簡単である。まず、ホームポジションに手を置いた時、二つの人指し指の間には[G]と[H]がある。[G]を打つには、左手の人指し指だけを右に伸ばして打つ。人指し指は動き易い指なので、誰でもこの位は動くはずである。同様に右手の人指し指を伸ばせば[H]を打つことができる。

次に左手の人指し指の上にある[R]を打つのであれば、左手全体を[Q][W][E][R]の上に移動して、それから人指し指で[R]を打つ。打ち終ったら左手はホームポジションにもどす。この間中、右手はホームポジションに置いたままである。この右手の位置との相対関係をたよりに、左手をホームポジションにもどすことができる。

下のキーを打つ場合も同様であるが、この場合、上のキーを打つ場合よりも少し難しい。というのは、上のキーはホーム段のキーに対して1/4キーだけ左にずれているのに対して、下のキーは1/2キーと、倍も右にずれているからである。

練習の方法

これまでの説明で打ち方は分っていただけたことと思う。この打ち方で練習を行わないと、見ないで打つようにはなれない。そこで、次にはどのような練習を行うかが問題となる。

練習時間が最短なのは増田法である。これは先月号で紹介した「3時間でキーボードをマスターする方法」(日本経済新聞社)に書かれている。詳しいことは同書を見ていただくことにするが、練習は大体次のように行う。

右手を例にとると、まず、ホームポジションの K の字を基準にし、[K][K], [J][K], [H][K], [L][K], [;][K]とホーム段のキーと[K]のキーを打つ。次に[I][K], [U][K], [Y][K][O][K], [P][K]と上段のキーと[K]のキーを打つ。最後に[,][K], [M][K], [N][K], [.][K], [/][K]と下段のキーと[K]のキーを打つ。

次に[J]のキーを基準にして、[K][J], [J][J], [H][J], [L][J], [;][J]という具合に同じことを繰り返す。

以下、基準キーを変えながら、右手のキー全体を練習すれば、右手の練習は完了。次に左手に対しても同じことを行う。これで練習は終りである。

打っている字を意識することがポイント

ここでも、守らなければならない練習の注意点がある。それは、自分が打っている字を意識することである。増田法は一定の形式でキーを打って行くので、練習しているうちに打っている字を意識せずに、指だけ動かすこともできる。しかし、このような練習だけでは、いくらやっても指の動きが良くなるだけで、打てるようにはならない。

ここで打てるといっているのは、字を意識したら、指が自動的に動いてその字が打てるようになることである。カセット教材はこのような意識を、音を聞かせることによって強制するので効果的だ。

増田法は最短時間でキーが打てるようになるが、そのままにしておくと、忘れるのも早い。覚えたら、それを忘れない内に繰り返し使い続けることが必要である。

私の愛用している Pepe の方法では、英字全部を覚えるのに5時間かかるが、その分忘れにくい。こちらの方法は、最初から英単語を使って練習するので、増田法のように機械的な練習ではない。しかし、練習の要点は同じで、正しい打ち方で、字を意識しながら打つことを繰り返せばよい。この方法はマグロウヒルから「5時間10分キー入力習得法」として出版されていたが、同社が日本語の本の出版から撤退することになったので、この記事が出るころには手に入らなくなっていると思われる。英文の原本は P. S. Pepe "Personal Typing in 24 Hours" McGraw-Hill Inc. で、初版は1947年に発行されている。この練習はビデオつきの 98 ソフト「TUTタッチタイピング」として岩波から出版されている。他の機種の版も現在準備中である。


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