情報技術が発展するにしたがって、様々なところでデジタルという言葉や、その対比としてのアナログという言葉を耳にするようになりました。例えば、「デジタルカメラ」や「デジタル回線」などの言葉は、日常の用語として定着しつつあります。この章では、日常使われている「デジタル」や「アナログ」という言葉が正確には何を意味しているのか、両者にはどのような違いがあるのか、について理解することを目的とします。デジタルとアナログについて正確な理解をもつことは、コンピュータには何ができ、何が出来ないのかという「コンピュータの本質」を理解するために非常に重要であるとともに、コンピュータの基本的な仕組みを理解するための助けにもなります。
情報科学において、アナログやデジタルという言葉は「量」という概念からみた情報の分類の仕方を表すものです。我々は様々な量に囲まれて生活をしています。その中でも、例えばリンゴや椅子の数のように、1個、2個・・と数えることができる量と、重さや長さ(例えば、45.2432・・・kg、181.2436・・・cm)のように厳密に測ればいくらでも細かく測れる量とがあり、それぞれ離散量(デジタル量)、連続量(アナログ量)と呼ばれます。離散量は、電磁気的な二種類のビットから作られる組み合わせパタンに対応させることにより、コンピュータで処理が可能となります。アナログとデジタルの身近な例として、時計を挙げることができます。アナログ時計と呼ばれる時計は、針によって時間を指し示しますが、デジタル時計では数値によって時間を表します。
情報科学の世界において使われる「アナログ情報」という言葉は、このように、連続量という量の概念から分類された情報であるといえます。そして、コンピュータはONかOFFか(1か0か)の電気信号によって情報を処理する機械、すなわちデジタル情報を扱う機械ですので、アナログ情報をコンピュータに処理させるためには、アナログ情報をデジタル情報に変換する必要があります。以下では、まずアナログ情報の性質、アナログ情報を扱う際の問題点を概観し、アナログ情報をデジタル化することによってどのようにそれらの問題点が解決されるのかについて見ていきます。
例えば、私たちが会話する過程を考えてみましょう。たとえば、ある人が「おはよう」という言葉を発し、それを他の人が聞くとき、そこにはどのような情報伝達のプロセスがあるのでしょうか。まず、声帯が「おはよう」という言葉に応じた振動をします。声帯の振動は、その振動状態を写し取るかたちでまわりの空気を振動させながら広がっていきます。空気の振動が鼓膜に届くと、鼓膜は空気の振動を写し取る形で振動するのです。このようにして、声帯の発した「おはよう」という言葉が別の人に伝えられるのです。この場合、振動は連続的な量として表されるアナログ情報であるといえます。
この場合、振動の様子を別の媒体(メディア)に写し取りながら伝送することも考えれます。例えば、声帯に従った空気振動を薄い膜につけた糸を通して伝送し、終点で再び薄い膜の振動に戻すというのが糸電話です。糸のかわりに電線を流れる電流振動にしたのが普通の電話、電波にしたのが無線電話です。
以上のプロセスの適当な段階で、振動状態を「そのままのイメージ」でメディアに記録するのが、アナログ的記録です。
情報の伝送の良し悪しは、情報が発信された際の状態をいかにそのままの状態で伝えているか、ということであるといえます。しかし、アナログ情報をそのままの形で伝送するときは、必ず伝送信号の変質という問題が発生します。たとえば、糸電話を通した声と直接聞く声は声色が違いますが、これは発話された声の振動が糸を通すことで変わってしまった結果なのです。では、伝送信号に変質を起こさせる原因にはどのようなものがあるのでしょうか。
・減衰
音を遠くまで伝えると音が小さくなるというタイプの現象です。一般に、信号は伝送距離が長くなるに従って小さくなりますが、その小さくなり方が相似的な場合を「減衰」といいます。
・雑音
音を伝える時、伝えたい音以外の音が混ざってきます。音に限らず、一般に伝送したい信号にくっついて信号をゆがめるものを「雑音(ノイズ)」といいます。雷が鳴るとテレビの画面が乱れることがありますが、これは画像情報を伝える電波に雷の電波がノイズとして加わったためです。ノイズは積み重なる性質があるので、一つ一つのノイズは小さくても、伝送が長くなるに従ってノイズが信号の形に及ぼす影響は大きくなります。
図1 減衰と雑音
また、アナログ情報の記録に際しても問題があります。
・劣化
アナログ情報の記録媒体は物質であるため、時間とともに変質します。このため、記録されたアナログ情報の質も素材の変質に伴い劣化します。
劣化は、アナログ記録である限り避けられないもので、アナログ情報を記録する際の最大の問題であるといえます。
以上のようなアナログ情報の記録と伝送に伴う問題点は、アナログ情報をデジタル化することによって大幅に改善されます。デジタル信号の伝送は、電磁気的、光学的な二つの状態の違いとしてビットを取り扱っています。ここではまとめて「パルス」とします。今ひとつの電気パルスを電流の波形(アナログ情報)に注目すると、波形は電線を流れるに従い、雑音の影響を受けたり減衰します。しかし、波形ではなくパルスが「来た、来ない」ということに注目すると、一つのパルスが一つとして認識できさえすればデジタル情報としての価値は減りません。このように、やりとりするパルスを、アナログの意味での形ではなく、パルスがいくつやってきたかという個数に着目すれば、雑音や減衰の影響は大幅に改善されます。さらに、もし雑音や減衰の影響が無視できないほど遠くに送る必要があるときは、途中にパルス波形を整形する中継点をおけばよいのです。
図2 信号のアナログ解釈とデジタル解釈
アナログ情報をデジタル情報に変換することを、アナログ/デジタル変換(A/D変換)といいます。たとえば音声をA/D変換して伝送すると、基の音声波形の姿ではなくビットパターンとして伝送されるため、受け取った側がそのまま聞いても音声としては聞き取れません。このため、A/D変換されたアナログ信号を人間が使うためには、元のアナログ情報に戻す必要があります。この変換をデジタル/アナログ変換(D/A変換)といいます。
さて、A/D変換は、標本化(sampling)と量子化(quantization)という二段階によってなされます。図を参照しながら見ていきましょう。
図3 標本化と量子化
・標本化
音のアナログ情報があるとします。この波形を時間の関数F(t)とし、次に時間軸に沿って時間点列T0、T1,T2,・・・Tnをとり、各点での波高値F(tk)を読み取ります。この作業を標本化といい、標本の結果得られる値を標本値といいます。
・量子化
波高値は連続量(アナログ)ですから一般に小数点以下の値が存在しますが、その値に最も近い整数値で近似してそれを波高値とみなします。この整数化の作業が量子化です。
以上、標本化と量子化によって元の波形は、適当な整数値の集合として表現できました。この整数値を電気パルス列に置き換えてA/D変換が終了し、元のアナログ波形が対応する電気パルスの集まったデジタル情報として取り扱えることになります。D/A変換は今の逆で、送られたきたパルスから量子化された各値を読み取り、それぞれを高さとする幅Wtの階段方の波形にし再生するのです。
コンピュータグラフィックス(CG)といわれるものをよく目にするようになりました。CGは、画像情報をデジタル表現することにより、コンピュータを通して処理された結果です。ここではコンピュータグラフィックスの基礎になる画像情報のデジタル変換の原理を扱います。
テレビや液晶ディスプレイ画面を拡大してみると、赤(R)、緑(G)、青(B)が発色している光の点(ドット)からできていることがわかります。人間の視覚分解能力には限界があるため、小さなRGBで発色している点を狭い範囲に配置すると、私たちはその場所に三色が合成されてできる一つの色点があると思ってしまうのです。
RGBそれぞれの発色の強さ(輝度)を調整すると、任意の中間色を作ることができます。例えば、RGBが同じ強さで強く発色すれば白、弱くなるとグレー、RGだけが同じ強さで強く発色すれば黄色、弱ければ薄い黄色というわけです。表3.1は同じ強さ(100%)のRGBを混ぜてできる基本色を示しています。
通常の画像処理ではRGBの3ドットをまとめたものを画像の最小単位にすることが多く、これをピクセル(画素−pixel)といいます。コンピュータグラフィックスは、人文字のように各ピクセルを発色させながら画像を作っていきます。では、写真のようにあらかじめアナログ画像があり、それをコンピュータに取り込むのはどのような手順で行われるのでしょう。また、WEBページのように画像を通信で送るにはどのようにすればよいのでしょう。
図4 ピクセルの集合で構成される画面
画像をコンピュータで扱うためには、まず元になるアナログ画像を小さなマス目に分けます。次に、そのマス目の適当な1点(例えば中心)の色をマス目全体の色とします(標本化)。次にこの色の明るさを適当な階調で量子化します。
次の図は、電話を使ってA君が離れたところにいるB君にある、模様を描かさせる様子を模式的に示しています。わかりやすくするために、色調は白黒の2階調にしてあります。
図5 アナログ画像の送信(画像のデジタル化と通信)
A君の画像取り込み(A/D変換)のルール
「画像に方眼目盛りのついたプラスティック板をあて、マス目に少しでも黒が入っていれば、そのマス全体を黒、なければ白とする。白は0、黒なら1というコード化を行う」
A君とB君の伝送ルール
1.双方の準備
A君とB君は同じ目盛りの方眼紙を用意する。なお、A君の目盛りは透明なプラスティック板、B君は普通の紙とする。
2.塗り潰しルール
1)A君が電話口で順に0か1をB君に伝える。
2)B君は0ならしろ、1なら黒でマス目を塗り潰す。
3.塗るべきマス目の指定ルール
1)A君が0か1を伝える順番は、1行1列目から2列目・・・と最後の列までいき、次に2行目に移る。2行目でも同じようにし、以下最終行まで繰り返す。
2)B君がマス目を塗り潰す順は、A君と同じにしておく。
このルールで画像を送る場合、黒一色のため色の誤差(量子化誤差)はありませんが、用意する方眼が粗いと、B君が作る図は元の画像とかなり異なったものになります(標本誤差)。しかし、方眼を半分、その半分と細かくしていくとどんどん元の絵に近づき、やがて人間の目には同じに見えるようになります。しかし、扱う0,1の量は急激に増えてしまいます。画質と扱うべき情報量の間には、このようにトレードオフがあります。
アナログ画像(例えば写真)をコンピュータに取り込む装置を、スキャナ(画像入力装置)といいます。スキャナで取り込む原理や取り組んだ図形をWEBページで伝送する仕組みも原理的には以上述べてきたことに基づいています。
アナログ情報をデジタル変換することによって、雑音などの問題点を解決することができるようになりました。 しかし、A/D変換の原理からわかるように、アナログ情報のデジタル化では標本化と量子化の段階で誤差が入り、完全には元の波形を再現できません。このことから、デジタル情報に対して「品質的に問題がある」という批判がなされることがあります。しかし、例えばレコードとCDを比較してみた場合、両者の音質には殆ど差がありません(なかには、「やっぱりレコードだよね!」という人もいますが、そういう特殊な聴覚と感受性を持った人は除外します)。これは、CDが人間の耳には違いがわからないほどにまでサンプリングレートを上げて(標本化と量子化を細かくする)デジタル化されているからです。当然、採集する標本点を増やし、量子化を細かくすればするほど取り扱うビット数は多くなりますが、デジタル化された情報がアナログ情報より品質の点で劣るということは、実際問題としてはありません。