KJ法  KJ法は文化人類学者の川喜多二郎によって提唱された“発想法”の名称です(名称のKJ は彼のイニシャルからきています)。ここで言う発想法とは、意味や関連性のあいまいな たくさんの情報群の中から、ある目的を達成するための新しいアイデアを明確化するため の方法論一般を指します。情報教育において発想法を扱う必要性は、まず、情報技術を活 用した創作活動(メディア・アート、プレゼンテーション、Webページ、プログラミング 等)が学習の中に取り込まれることに付随して高まってくると考えられます。なぜならば、 創作活動においては、「何をどうしたいのか」や「そのためにはどのような工夫が必要な のか」といった基本的なアイデアを、創作に先立ってきちんと明確化できるかどうかが、 作品の質をもっとも大きく左右するからです。また、情報技術の活用を前提としない場合 であっても、学習活動の中に創造的な要素を取り入れようとする場合、KJ法に代表される 発想法を取り入れることは有効であると言えるでしょう。  元来KJ法は、その提唱者である川喜多の学問的な必要上から編み出された方法論ですが、 その後、1960年代から70年代の高度経済成長期にかけて、日本のビジネスマンの間 でさかんに用いられたという経緯があります。KJ法の特徴は、後に説明するように、あら ゆる創造的な作業の根幹をなす“直感によるひらめき”を、明確かつグループで共有可能 な形を持ったアイデアへと整形してゆくプロセスにあります。このプロセスは、ビジネス に限らず情報生産全般において本質的なものであり、それゆえに、情報教育の一環として KJ法を体験することは、情報生産の実践的理解の形成に役立つものと考えられます。  KJ法は次の四つの作業段階によって構成されます。 (1)第一段階では、考えなければならないテーマについて、思いついたことをカードに かき出します。このとき、1枚のカードには一つのことだけを書かなければなりません。 (2)第二段階では、集まったカードを分類します。分類作業にあたっては先入観を持た ず、同じグループに入れたくなったカードごとにグループを形成するのが理想です。グ ループが形成されたら、そのグループ全体を表す一文を書いたラベルカードを作ります。 以後は、グループをこのラベルカードで代表させます。また、「グループのグループ」を 作り出しても構いません。 (3)第三段階では、グループ化されたカードを1枚の大きな紙の上に配置して図解を作 成します。このとき、近いと感じられたカード同士を近くに置きます。そして、カードや グループの間の関係を特に示したいときには、それらの間に関係線を引きます。この関係 線は、隣同士の間でしか引いてはいけません。 (4)第四段階では、でき上がったカード配置の中から出発点のカードを1枚選び、隣の カード伝いにすべてのカードに書かれた内容を、ひと筆書きのように書き連ねてゆきます。 この作業によって、カードに書かれた内容全体が文章で表現されます。  これらの段階の中でもっとも重要なのは第三段階です。カードに書かれた内容は、隣に 置かれたカードだけでなく、その他のカードとも関係を持つ場合が一般的です。こうした 場合、隣に置けるカードの数は限られるので(多くて8枚程度)、重要な関係だけを選び 出す作業が必要となります。遠くのカードとの間に関係線を引くことによって関係を表す ことは可能ですが、隣接関係の表現ほど直接的ではないので、図の明解性を損ねることに なります。重要な関係を選ぶ作業を行うことによって、問題の本質が認識されることが重 要です。  第三段階によって得られた図解は、いわばアイデアの全体像の二次元空間による表現で す。それに対して、第四段階では配置上の全カードをひと筆書きのように連ねることによ って、全体を一次元で表現し直します。この作業がうまくゆかない場合は前段階の配置に 問題があるので、うまく一次元で表現できるように、二次元空間における配置の仕方を変 更します。  以上の作業で重要なのは、直感です。配置もグループ化も、あらかじめ仮定した理論に 従って行うのではなく、もとになる情報であるカードから直接感じられることに基づいて 作業しなければなりません。カード同士の関係は、全体から見ると局所的な関係ですが、 配置によって局所的な関係が全体の中で位置づけられます。すなわち、配置作業によって、 初めて全体像が明らかになるのだと言えます。部分の関係を積み上げて全体の関係を構成 するのが、図解化の本質的な意味です。  上記のすべての作業段階を行うには、大変な時間と労力が必要です。ですから、実際に 行う際には、まずは20〜30枚程度のカードを目安に行うとよいでしょう。また、本格 的なKJ法を行わなくとも、重要な数枚のカードを配置するだけでも十分に効果があります。 カードの配置がカード間の関係をうまく表現できれば、全体の主題に関して深い理解が得 られたと言えます。  KJ法の発想法としての有効性は、カードの空間的な配置に意味を持たせる点によっても たらされます。幾何学的な配置には明確な意味の定義がありません。したがって、そこに は多様な解釈の可能性があるといえます。しかしその一方で、人間は、間違ったと思われ る配置にたいしては非常に敏感なものでもあります。それゆえに、KJ法を共同作業によっ て行おうとする場合、グループのメンバー間で、カード配置などの直感的な作業の結果に 関する議論が、しばしば巻き起こることになります。たとえば、一枚のカードをもう一枚 のカードの左右どちらに置くべきかといったことですら、逆の配置がよいといった議論が 始まります。このような議論の末に、メンバーの大半が納得する配置が見いだされた場合、 その配置は大変な説得力を持って主題の本質を表すものだといえます。このようなことか ら、意味が明確に定義されていない幾何学的な配置が、実は非常に強力な表現力を持つこ とがわかります。KJ法によるアイデアの創出は、この、幾何学的な配置の持つ強力な表現 力を最大限にいかすことによって実現されます。  また、幾何学的な配置に関する見方の違いは、多くの場合、カード上の語句の意味の解 釈のずれに起因するものと見ることができます。したがって、メンバーの間で配置に関す る見方の相違が顕在化するということは、作業の以前には気づかれなかった、語句の解釈 のあいまいな個所が意識化されることを意味します。言葉の意味に関しては、私たちはし ばしば、自分と他人との間に何らかの合意が成立していると思い込みがちですが、KJ法に よるカード操作の作業には、それが単なる思い込みに過ぎないことを明確に意識させる機 会が含まれています。さらに、このような語句の解釈に関する議論は、結果としてグルー プのメンバーに一定の合意形成をもたらすことにもつながります。この点もまた、KJ法を 用いることによるメリットだといえます。